制作日記~Kaoru Mizuki

2017 05
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「オーフィアス組曲」
音楽と文章からなる作品「オーフィアス組曲」を制作中です。キャラクター(動物たち)が現実と幻想の世界(生と死)を行き来します。キャラクターを通して、生きることの意味を追求するストーリーです。

生きることに意味はあるのでしょうか?みなさんはどうお考えになるでしょう?生きることに意味づけする必要があるかどうかは、私にはわかりません。

人の思いとは別に、自然は采配をふるい、喜びや悲しみをつれてくる。不条理な結果であっても、条理につながることすらある。人にとっては畏怖であっても、自然にとっては無為なること。生きとし生けるもの全ては、自然の流れにそっている。

このように無力で、無知なる存在のひとつが、われわれ人間であるのです。

登場するキャラクターは全て動物です。擬人化されております。擬人化の意味がわからないと以前ご質問を受けたことがありますが、それは2009年に亡くなったあるぬいぐるみ作家の存在があります。彼女、故宮島登志子さんは才能溢れる作家で、これから独自の作品を作ろうとなさっていた矢先に、53歳の若さで亡くなりました。彼女が若いときに制作したうさぎたち、また、死の直前、水のみで生き、痛み止めを打ちながら作った猫たち。彼、彼女らに息を吹き込み、生き物にすることで、亡くなった登志子さんの思いをつないでいけたらと、思いました。

彼女が亡くなる二ヶ月前、お電話で一度だけお話しました。「私はもう長くはありません。猫さんはいりませんか?生みの親より育ての親と言いますから。」などと話されたことをよく覚えています。

私は育ての親なのですから、彼、彼女たちを世に出す手はずを整えなければならないと思っていました。しかし、意気込みとはうらはらに、時間だけが経っていきました。(作品作りを始めたのが2010年、一旦ゼロに戻したのが、2013年。)

2013年暮れには音楽主流、文章主流の2シーンに分け、音楽主流の部分では不必要な説明を省き、聴く人の想像力にゆだねるように展開しつつありました。2014年5月下旬より、いよいよ本格的に曲作りに入りました。当初は打ち込みを多く使う予定でしたが、ピアノを主体とすることにしました。

2015年7月。一番の大作、オーフィアスバリエーションのスケッチが終了し、仕上げの段階に入りました。

2015年暮れには、オーフィアスバリエーションの後半1/3を仕上げ、2016年1月には、2011年に作曲したピアノとポエトリーリーディングのための「Addictus」を一部修正し、完成。2016年3月中旬現在、オーフィアスバリエーションの頭から、残り全ての仕上げに入っています。

他に、剣舞のシーンで宮沢賢治の「電信柱の歌」の編曲、過去の自作曲の編曲、少しのBGMが残っています。

2015年以前は、文章と音楽からなる作品として、独立して発表する予定でした。しかし2016年現在、大きく方向性が変わりつつあります。不特定多数の方に公開して、果たして作品として成立するか?(世に出せるかという意味)との思いが生じ、第一歩として実用的作品として生かす予定にしています。

2016年からアートキュレーターとして、活動をはじめます。ここでのアートとは芸術のみならず、ライフの意味もあります。キュレーターとは外国のそれではなく、それぞれの本質にあった方向に軌道修正するアドバイスをするという役割を指します。押しつけではなく、自主的に理解できるようになることを目指します。

このためのツールとして、西洋占術、カード、音楽を使用します。オーフィアス組曲はこのためのテキストとして使う予定にしています。結果的にはタロットカードのリーディングができるようになる、西洋占術で使うホロスコープが読めるようになる・・・人の手(例えば占い)を借りる必要がなくなり、自立できる。他に、タロットや西洋占術を仕事にしたい方にも向くと思います。

とりあえず第一段階に打って出ることを決めました。

他に・・・観賞用としてyoutubeにも一部をアップすることを決めました。こちらも第一段階ですね。


ここには、6年以上も訪れ続けてくださっている方もいて、感謝しております。できることなら今後も懲りずに見守っていただければと、思っております。どうぞよろしくお願いします。















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日暈
日暈(ひがさ)← こちらをクリック

オーフィアスバリエーションという曲の中に、この現象をイメージする部分があります。これから手直しする部分なのですが、偶然、本日「ひがさ」が現れたとニュースにありました。

ドビュッシーの名曲、3つの夜想曲の2曲目の「祭り」ももしかしたら?このような現象をイメージしたのかもしれません。祭り=人間の祭りではなく、雲の祭り(光線のリズム)だということでした。

ところで・・亡き父の相続の件。まだまだ続いております。いろいろあるんですよね・・路線価といっても、記載されていない場所もあり、専門家に調べてもらっても、1ヶ月程度かかるなど・・

銀行の口座一つをばらすにも、戸籍謄本が何通も必要だったり・・遠方だと大変なんです。

また、節税対策なども、専門家でなければわからないことがあります。お金をかけても、専門家を頼まなければ、手も足も出ません。今回は、心底、そう感じました。

正直、相続の件がこんなに大変とは思いませんでした。そう何度もあることではありませんが・・今年は年貢の納め時なんでしょうな・・・多少お金が出ても、相続しておいたほうが得かなぁ?と思っています。

仕事をしながら、このような雑用をやっていくこと、非常に大変!

それでも、近々(遅くとも7月には)一段落つきそうです。ほんとに、長い、長い。3月下旬かからかかりだして、今頃ですから。

今は、音楽に戻りかけておりまして、継続的に自作品のピアノ曲(録音する)を練習しております。リハビリのようなものですね。作曲はいよいよ手直しにかかります。年初より、手直しを続けようとしましたら、父が亡くなりまして・・・中断。

今、ようやく、落ち着いてかかれる雰囲気になってきました。やはり、予測通り、完全復帰は6月ですね。


また、今後は、昔やっておりましたように、音楽制作にも戻ろうと考えておりまして、新たなページも作りました。

演奏家のメロディを編曲する仕事を手がけたいと思っています。

これは2013年頃まで手がけておりました・・・あのときは、メロディといっても、断片的なもので、こちらが作曲しているといってもよろしかったですね。納得いかないこともありましたが、それはそれ。

今後は、最初にきちんと話をして、やっていきたいと思います。そして録音までこぎつけるような、お話があれば、嬉しいと思っています。



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父の遺品整理に
先月、演奏会の翌日、大慌てで行ってまいりました。相当疲れましたが、行ってよかったです。亡き父が背中を押してくれたのか?今後の方向性は、よほどのことがない限り、変わらないことを自覚いたしました。

音楽活動メインであとは、付録ということです。ただ、この付録がなければ、物品を出すことができないので、必要なことだと考えています。

ピアノの練習をしておりますが、以前よりすんなりと練習にとりかかり、少しの時間でもうまくまとまるようになってきました。12日くらいから、作曲にかかります。無駄なことは、今後はできるだけ省く予定で、もう少し綿密に予定をたてていきます。

それから、コンサート。バッハ以前の音楽を聴いてみようと思い立ちました。たとえば、モンテベルディ。オペラの演奏会が秋に予定されているようなので、聴きにいきます。>バッハコレギウム合奏団

現代音楽もいいですが、歴史の流れに乗っていないものを聴きたくなくなってきたこともあり、疎遠になっております。それなら、銀座に舞台もできたことですし、を鑑賞したほうがいいのではないか?とも考えております。

耳障りな音は聴きたくないし、新曲にしてもあまりよく出来ていない曲にお金を払うことはいやなのです。(不協和音がどうのこうのではありません!)面白い曲ならいいのですが、「聴きにきてほしい」と頼まれて、無理矢理チケットを買わされて行ったり、招待された演奏会は、どうもだめです。

今まで、このような演奏会に多数行きました。でも大部分が自分には合いませんでしたね〜 自分が聴きたい演奏会に、お金を払って行くのが一番です。

やっとこの年になって、「自分の好きなことをやろう。これから良い曲書くぞ〜」と意気込めるようになりました。自分の好きなジャンルは、自然を意識した、感覚的な音楽です。こちらを追求します。

亡き父の遺品をとりにいきました三重、今後も訪れたいです。自然の音を録音するには、故郷の山がいいかなぁ?とも思っているのです。また、伊勢や松坂にも行ってみたい・・ほとんど行ったことがありません。今頃になって、懐かしく思えるって、何でしょう?

また書きます。




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イェルク=デームス ピアノリサイタル
20日、イェルク=デームス氏のリサイタルに伺ってまいりました。日経ホール、音響効果が非常に良い。しかし、この日は客層があまり良いとは言えなかったです。帰り際、もう少し高くても良いのでは?と思いました。

デームス氏は89歳。私の母と同じ年です。飛行機に乗って日本までいらっしゃるだけでも凄い。それだけではなく、演奏活動をあちこちでやるという、バイタリティにも驚きます。ピアノにたどりつくまで、大丈夫かなぁといった雰囲気でしたが、演奏に入ると、ご自身の世界で遊んでおられると感じました。

ご高齢なので、ミスもありますし、あちこち危なっかしいところも多いのは仕方がありません。

そういうことはおいといて・・・
この方は、「歌の人」との印象を強くしました。第1曲目の、バッハ「半音階的幻想曲とフーガ」から、歌があちこちから聴こえるように思いました。最終に向けて、かっちりとまとめようとする意図が感じられましたが、導入部分は、本当に幻想的で、タイトル通りの演奏をしていただきました。

全体を通して、音価が正確ではない。だからといって直してほしいとは思いません。それを言ったところで、直してくださるような方ではないとお見受けしました。演奏から、大変頑固であると感じました。音価、リズムなどについては、なぜか高齢の演奏家の方、みなさんが、同じようになるのは、腰が弱るせいでしょうか?

このような不正確さを超えて、歌が満ち溢れた演奏でした。

最も良かったのは、最後の「トロイメライ」でした。正直申し上げて、このような素晴らしい演奏を聴いたことがありません。やはり、この先生は、シューマンのような歌心をもつ作家が得意なのでしょうね?絶品でした。

傷はあるものの、フランクが聴けた事が良かったです。音が美しいのですね、フランクって。元々大好きな作家です。

全体を通して感じた事。正統派ですが、年齢のためにコントロールがうまくいってないのでしょう。若い時の演奏を、CDで聴くのがよろしいかと思います。

2017年は、私が良いと思った演奏会にたくさん足を運ぶこととなりそうです。秋には「冬の旅」を聴きにいきます。来月以降も、良さそうな演奏会には、行ってみるつもりです。







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ピアノの練習を始めました
オーフィアスの中で、今年録音したいと思っている曲、練習を始めました。以前から、音階などの基礎的練習は続けていましたので、違和感なく取り組めております。

残りの作曲には5月くらいからかかる予定です。4月中に、父の遺品の整理に三重県に戻ったり、相続の書類の手続きを終え、過去にピリオドを打つことになります。作曲には、6月から、腰を据えてかかる予定でしたが、一日も早く音楽に触れたい気持ちがありました。そのため、5月からということに決めました。

父が亡くなる前に、私の曲を聴きたいと申しておりましたのに、願いが叶わず・・・そういう意味でも、オーフィアスはきちんと仕上げて、世に出します。父を亡くしたことで、音楽に対する向き合い方も大きく変わりました。自分の中で、本当の音楽を書きたいという思いが膨らんできてきます。

過去に書いていたような曲には戻れないでしょう。その意味で、数年前からオーフィアスを作り始めたことが、自分にとっては大きな出来事となりつつあることに最近気づきました。

西洋占術関係の仕事も、教えることを100%としてやっていくことにしました。今はまだ、多少、別の仕事も依頼されてやっておりますが、年末にはゼロにするつもりでおります。これは副業であり、音楽を支えるものとして考えています。

いずれにしても、創作に落ち着いてかかれるということは、父の希望でもあり、私の希望でもありましたので、願いが叶ったことになるのでしょう。西洋占術的な見解では、2017年6月に、プログレスの月が土星と重なります。これは今後2〜3年、自分が何をやるべきか、決まる事柄が起きるということです。ちょうど29年前も同じ感覚でしたね〜

今でも、何をやるべきか、(居場所が見つかる)決めておりますが、再来月はもっと具体的に見えるのでしょうね。2017年2月からの人生の変動の大きさ、これこそ、年貢の納め時というのだなぁと感じています。

まるで大学受験をした時のようです。みなさんもご経験があるでしょうが、受かるか受からないかわからず、気をもむ、このような心境でした。今はようやく先がみえているものの、正式な合格発表はもう少し先になるといった感じですね。

ところで・・・

父が亡くなったのが、先月の22日でしたので、やっと明後日で、一ヶ月になります。この先は、一ヶ月ごとに、亡くなった父からも、少しづつ離れていくのだと思うと、寂しい気持ちもします。父の供養のためにも、音楽を続けることを第一にするべきなのだと思っております。

明日はイエルク=デームスさんのピアノを聴きに行きます。このような気持ちのゆとりも生まれつつある今日この頃です。

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