制作日記~Kaoru Mizuki

2018 07
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シューベルト即興曲4番



youtubeで素晴らしいピアノ演奏をみつけました。京都市内の老人ホームで、誕生日コンサートの折、シューベルトの即興曲4番を弾かれておりました。

高齢ピアニストの演奏、国内海外とも、著名演奏家のコンサートに足を運んだことがあります。しかし、正直申し上げて、多くの方が、お金をとることが憚られるような、演奏が多かったです。著名だからといって、上手ではないと思っております。商業主義に上手にのっかっていった方の多くが、名前を得ているだけで、無名でも素晴らしい方はたくさんいることでしょう。

この記事の演奏者の方、指が変形しているだけではなく、腰もお悪いのかもしれません。すいすい歩けているようにも思えませんが、ご自身の弱点を克服しておられるようにお見受けしました。アーティストシューベルトと重なる点もあるような気がしました。

特に、中間部の旋律の歌わせ方、共感いたしました。この曲の魅力が溢れています。アルペジオがアルペジオとしてではなく、減7の和音がありふれた色ではなく、魔術のような色合いを放ってくれていました。加えて、メロディが大河の流れのように大きく、言いたいことがはっきりと伝わってきます。

即興曲を幻想曲と銘打っても良いと思ったほど。

おそらく若い頃からずっと、高いレベルをキープして、演奏活動を続けてこられたのだと思います。達人とお見受けしました。

解説をみたところ、2010年で85歳ですから、現在は93歳になられているかもしれません。これは私の両親と同年代です。第二次世界大戦の時代に音楽をやることは、至難の技だったときいています。私の母は「音楽家は国賊」と言われた時代だと言っております。この方も、同じようなことを言われつつ、乗り越えてこられたのでしょう。

今年91歳になる母にもこの演奏を聴かせましたところ、「元気が出る。感動した。」と言っておりました。また、現代日本でもてはやされているピアニストとは、比べ物にならないほど上手だ。と辛辣な批評をしておりました。

音楽の「お」の字もわからない母でも、感動させる演奏はなかなかありません。できることならば、別の曲もアップしてほしいですね。ただ両親をみておりますと、80代と90代では、まるで違います。90代になれば、日々体力が落ちていきますので・・・難しいかもしれません。

そこをなんとか!と思うほどの素敵なピアノでした。






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カツァリスさんのピアノ
2018年秋の東京での演奏会を聴きに行きます。今から非常に楽しみです。わたしは最近まで彼の演奏を聴いたことがありませんでしたが、お名前だけは伺っておりました。youtubeで拝聴させていただき、今の自分にも大いなる影響を与えてくれそうだと思いました。

シフラ コンクールで優勝されています。シフラ の実力は、日本では認められていなかったようです。それは、日本の評論家が欧米の批評を鵜呑みにして、自分の耳で判断できる人が少なかったからではないかと思います。彼だけではなく、東欧のモラヴェッツ も、わたしは一流だと思っていましたのに、よくわからない評論家が良くない評価を下しておりました。

評論家全員が音楽がわからないわけではないと思いますが、アテにはしないほうがよいでしょうね。カツァリス氏についても、よくわからない批評をしている方がいました。

カツァリスさん、即興演奏がお得意です。さくらさくらを、ご自身でアレンジして演奏しておられます。この演奏、極めて日本的で、驚きました。大抵欧米人の演奏は、外国訛りが強くて、大げさ過ぎて笑ってしまうのですけれど、カツァリス さんはなぜか?日本流です。このアレンジ、雅楽風にも聞こえて、かつクールなタッチでいい感じです。

ラフマニノフの即興演奏もさらっと弾いていて、お茶でもお酒でも飲みながら聴きたくなるような、気楽なスタイルです。

カツァリス さんが若かりし頃は、ベートーベンのシンフォニーをピアノソロ用にアレンジして、録音なさっていました。レコード会社がつぶれてしまったのか、今やネットでダウンロードという形になっているようです。ご自身で、自主制作CDを出されているようです。それは偶然にも、クライバー氏の過去の録音を探しているときに、見つけました。

入手困難なものもありますが、レアな録音があれば手に入れたいと思っています。

カツァリスさんの2018年の築地での演奏会は、フランスの作曲家を中心に構成されているとのことでした。とても興味深いです。今の私には、彼の演奏が多大なる影響を与えてくれるとひらめきました。

ところで・・・クライバー氏のトリスタンとイゾルデ(グラモフォンのCD)イゾルデ役にモーツアルト歌いのマーガレット=プライスを起用した理由、深淵の世界をダイレクトに伝えるのではなく、逆の形をとることによって、伝えたかったのかもしれないと私は思っています。

バイロイトでの録音も頼んでいる途中ですので、聴き比べてみたいと思っています。




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ブラームス「4つの小品」op.119
今年に入ってから、カルロス=クライバー熱が上がり、彼の逝去の地であるスロベニア、コンジシカの風景を眺めたり、地図で確認することが日課のようになっています。日本人でスロベニアを訪れた方もいて、彼らの旅日記をみていますと、スロベニアという土地の良さが伝わってきます。

世の中にこんなに美しい土地があったとは!と感動しています。このような場所に行けば、人生観は大きく変わるでしょう・・・今すぐには難しくても、将来一人になった折には(家族がおりますので)訪れることを決めています。

youtubeに、とあるファゴット奏者の方が、旅の風景を撮影し、アップしておられました。その中に、スロベニアのコンジシカがありました。説明書きには「カルロスクライバー」とありましたので、ファンの方ではないかと思っています。

この風景に、ブラームスの4つの小品の中の1番が、グレングールドの演奏で貼り付けられていました。グールドはテンポをアップし、拍を意識させないかのように弾いています。それが妙にこの映像にはあっています。コンジシカという土地は、山村です。風にあおられてりんごやマロニエの実がバラバラと落ちてくるような光景が、目に浮かびます。

哀しみと寂しさと、美しさが同居したようなこの曲を、グールドの演奏で再現し、映像とともに楽しむことができる幸せを感じております。他の演奏者では、この映像には似合いません。

画面の中の、ログハウスはクライバー氏が亡くなっていた別荘、お墓の隣の小屋のような建物がクライバー記念館です。

私は海外には、全く興味がありませんでした。しかし、どういうわけか今年に入ってから、ヨーロッパにある程度の期間滞在して、音楽鑑賞をしたいという気持ちが強まってきました。

よくわかりませんが、自分の中で何かが変わりつつあるか、変容させたいという思いが芽生えつつあるのでしょう。今後は、過去の流れから大きく脱却していくことになると思われます。そうでなければ作品を形にすることはできないのでしょう。

スロベニア=コンジシカ カルロスクライバー
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エマール氏のCD 6枚組 


上記のCDを買い求め、楽しんでおります。ドビュッシー ラヴェル アイブズ ブーレーズ ベルク メシアン リゲティ カーターと盛りだくさんです。先日のコンサートの曲目、「20のまなざし」by メシアンも含まれております。

実はこのCDをてに入れるまでには紆余曲折ございました。一度目は、日本国内で買ったのですが、同じCDが2枚入っていた不良品。二度目は、アマゾンでしたが、英国から送付していただきました。

今はまだドビュッシーしか聴いていませんが、凄いです!今、作曲されたかのように、響きます。テクニックは、以前と同様、人間シーケンサーです。音の粒立ちが明瞭で、早いパッセージも全て聴き取れるほどです。作曲家の立場になって、演奏しておられ、無駄がないと感じます!

洗練され尽くした演奏だと思います!!お聴きになれば、あなたの感性はよりいっそう高まると思います。創作へのインスピレーションや意欲も湧くのではないかと、思います。

このCD、おすすめだと思います。お安いですし、手に入れて損はないと思います!
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人それぞれ
6日の20のまなざしのコンサート以来、何かに打たれたような状態が続いています。こういうのって、一種のトランス状態というのかもと、昨日の日経の夕刊を読んでいて感じました。

もともと、ピアノのエマール氏のファンでしたが、生音を聴くのは初体験でした。録音とライブとの違いをまざまざと見せつけられた気がします。ライブのほうが、録音より良かったです。普通は逆なんですが・・・

また、今年訪れたコンサート(数は少ない)の中で、最も満足できたものでした。

義理でチケットを買い、多忙で行けなかった催しもありました。これは、私の中で、行きたくなかったのだと思います。本当に行きたい催しならば、無理してでも行くと思います。ハガキが一本きて、しかも曲目もなく、「来てください」などとあるのは、金を払う人間に失礼なのではないか?と思っているところです。

この方は、80代で、頭のどこかが抜け落ちているのかもしれないと思って、甘めにみましたが、次はありません。何を演奏するか?くらいは書いてもいいでしょう。

それはともかくとして、それぞれの時を刻んでいますのでね〜 「この演奏会に来るべきだ!」などと強制するのはやめたほうがいいと思います。人にはその時に応じた音楽が必要なのです。あなたには必要でも、誰にでも必要ではないんです。

私も人には距離を置き、自分が今目指していることを、中心に動こうと思いました。

また、エマール氏のピアノの話に戻りますが・・・今回のエマール氏の演奏会は、私には必要でした。頭を殴られたような気がしてます。人を変容させる(変容とは、変化し尽くして過去に戻らないことを意味します)音楽や演奏もあるのだと思いました。

メシアン氏の20のまなざしは、死と向き合って書いた作品です。この意味が昔はわかりませんでしたが、私も老人になりまして〜 ようやく少しわかるようになりました。また、以前の記事に書いた、シューベルトの「冬の旅」も同じく、死と向き合って書いた作品です。

死と向き合うことによって、自分が見えてくるのではないでしょうか?メシアン氏のテクニックだけちょいと拾い上げて、書いたとしても、ろくなものはできてこないでしょう。やはり、アートというのは、生き様なんですね。

上記のような気づきを与えてくれた、貴重な時間でした!

このような体験を通して、私は今後も古典の作品を聴いていきます。新作も良いでしょう。しかしそれは、新作が必要な人が聴くべきで、今の私には必要がないんです。

2019年には、エマール氏がベートーベンを演奏なさるとか?楽しみです。CDは持っておりますが、その時の演奏とはまた違ったものになることを期待しつつ、彼が数年前に出したCDをこれから取りにいってまいります。


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