制作日記~Kaoru Mizuki

2017 08
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終わりであり始まりのとき
私にとって終わりであり始まりのときを迎えました。6/30に、再び実家に行き、名古屋に立ち寄り、最後の整理をしてきました。これで亡き父のことで、遠出することはありません。あとは目星をつけておいたお墓を、散歩がてら見に行くだけです。

3月下旬より約3ヶ月間、目の回るような忙しさでした。ほぼ休みなく進んでまいりましたが、どうにかなるものです。

今後はしばらく音作りに使っていなかった、パソコンを買い替えたり、整理整頓していかないと、思うような音は出ないと思います。デモを渡すにしても、ウインドウズマシンと併用したほうが楽なので、こちらもコンパクトなものを買い足します。macも、新しいものに買い替えようと思います。これ、7年も使いましたから。

うちはまだOS9もあるのですが、使い勝手がよいので、置いておきます。

曲は、のんびりとした実家の近所のホテルで、ひらめいたことがありました。これもサーリアホさん、西洋思想の影響があるのですが・・自然との対話というものを具体的にどうやって表現するかということ。サーリアホさんはそれを体現しておられます。CDを買いまして、まだよくは聴けておりませんが、そのへんを探ってみたいと思いました。

7年間、ほぼ、音楽の「仕事」からは離れておりました。「仕事」もご要望があれば、手がけますが・・・作品作りをメインとして邁進します。2010年以降は、環境が整わず、苦労しました。それでも節目というものはあるものだと、実感しております。

先日も洗脳のことを読んでおりまして、宗教や政治における洗脳だけではなく、われわれは誰しも思い込むことがあるということ。狭い狭い世界にいれば、これしかないと思い込んでしまうのですね。それも洗脳の一種なのです。ですから、専門、専門とあまりにも一直線にいくより、他をみたほうがいいと思いました。

他をみて、再び自分のいた世界を眺めることによって、原点回帰でき、自分がめざしていた本当の道が確認できるんです。きっと私がここ20数年来歩んできた道は、経過であり、その道にこだわっていても先はなかったのだろうと思います。本筋といいましょうか、自分の歩むべき道をみつけるのに、29年もかかっているって、あまりにも長いですよね・・・

私は何か一つを理解するのに、長いことかかる人です。幼少のときに目指していたことに、これからは戻るのだと思います。第二の人生という言葉がありますが、多くの方は幼少の時に目指していたことに戻れば、最もうまくいくと思います。理由は、幼少の頃に好きだったこと、得意だったことが本質だからです。

私も、本質に戻りつつあります。年内には多くが本質的な書き方になるだろうなと思います。

それはともかくとして、7という数字は節目をあらわすと感じます。7×4=28〜9 29年・・・これが土星の周期なんです。こういうものと我々は多少は連動しているのかもしれません。

それから・・・HPの件。これから手直しします。7月中旬手前には公開します。今度は、このblogもHPの中に入れようと思います。多少西洋占術にも触れますが、1%レベルにおさえます。



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日暈
日暈(ひがさ)← こちらをクリック

オーフィアスバリエーションという曲の中に、この現象をイメージする部分があります。これから手直しする部分なのですが、偶然、本日「ひがさ」が現れたとニュースにありました。

ドビュッシーの名曲、3つの夜想曲の2曲目の「祭り」ももしかしたら?このような現象をイメージしたのかもしれません。祭り=人間の祭りではなく、雲の祭り(光線のリズム)だということでした。

ところで・・亡き父の相続の件。まだまだ続いております。いろいろあるんですよね・・路線価といっても、記載されていない場所もあり、専門家に調べてもらっても、1ヶ月程度かかるなど・・

銀行の口座一つをばらすにも、戸籍謄本が何通も必要だったり・・遠方だと大変なんです。

また、節税対策なども、専門家でなければわからないことがあります。お金をかけても、専門家を頼まなければ、手も足も出ません。今回は、心底、そう感じました。

正直、相続の件がこんなに大変とは思いませんでした。そう何度もあることではありませんが・・今年は年貢の納め時なんでしょうな・・・多少お金が出ても、相続しておいたほうが得かなぁ?と思っています。

仕事をしながら、このような雑用をやっていくこと、非常に大変!

それでも、近々(遅くとも7月には)一段落つきそうです。ほんとに、長い、長い。3月下旬かからかかりだして、今頃ですから。

今は、音楽に戻りかけておりまして、継続的に自作品のピアノ曲(録音する)を練習しております。リハビリのようなものですね。作曲はいよいよ手直しにかかります。年初より、手直しを続けようとしましたら、父が亡くなりまして・・・中断。

今、ようやく、落ち着いてかかれる雰囲気になってきました。やはり、予測通り、完全復帰は6月ですね。


また、今後は、昔やっておりましたように、音楽制作にも戻ろうと考えておりまして、新たなページも作りました。

演奏家のメロディを編曲する仕事を手がけたいと思っています。

これは2013年頃まで手がけておりました・・・あのときは、メロディといっても、断片的なもので、こちらが作曲しているといってもよろしかったですね。納得いかないこともありましたが、それはそれ。

今後は、最初にきちんと話をして、やっていきたいと思います。そして録音までこぎつけるような、お話があれば、嬉しいと思っています。



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父の遺品整理に
先月、演奏会の翌日、大慌てで行ってまいりました。相当疲れましたが、行ってよかったです。亡き父が背中を押してくれたのか?今後の方向性は、よほどのことがない限り、変わらないことを自覚いたしました。

音楽活動メインであとは、付録ということです。ただ、この付録がなければ、物品を出すことができないので、必要なことだと考えています。

ピアノの練習をしておりますが、以前よりすんなりと練習にとりかかり、少しの時間でもうまくまとまるようになってきました。12日くらいから、作曲にかかります。無駄なことは、今後はできるだけ省く予定で、もう少し綿密に予定をたてていきます。

それから、コンサート。バッハ以前の音楽を聴いてみようと思い立ちました。たとえば、モンテベルディ。オペラの演奏会が秋に予定されているようなので、聴きにいきます。>バッハコレギウム合奏団

現代音楽もいいですが、歴史の流れに乗っていないものを聴きたくなくなってきたこともあり、疎遠になっております。それなら、銀座に舞台もできたことですし、を鑑賞したほうがいいのではないか?とも考えております。

耳障りな音は聴きたくないし、新曲にしてもあまりよく出来ていない曲にお金を払うことはいやなのです。(不協和音がどうのこうのではありません!)面白い曲ならいいのですが、「聴きにきてほしい」と頼まれて、無理矢理チケットを買わされて行ったり、招待された演奏会は、どうもだめです。

今まで、このような演奏会に多数行きました。でも大部分が自分には合いませんでしたね〜 自分が聴きたい演奏会に、お金を払って行くのが一番です。

やっとこの年になって、「自分の好きなことをやろう。これから良い曲書くぞ〜」と意気込めるようになりました。自分の好きなジャンルは、自然を意識した、感覚的な音楽です。こちらを追求します。

亡き父の遺品をとりにいきました三重、今後も訪れたいです。自然の音を録音するには、故郷の山がいいかなぁ?とも思っているのです。また、伊勢や松坂にも行ってみたい・・ほとんど行ったことがありません。今頃になって、懐かしく思えるって、何でしょう?

また書きます。




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父を見送りました
3/22に90歳で、父が亡くなりました。12日頃からだいぶ危うくなっておりましたし、医者にも10日くらいしかもたないと言われておりましたので、覚悟しておりましたが・・・ちょうど私が父の家に行くことを予定していた日に亡くなりました。

老衰です。亡くなるまでに10分くらいしかかからなかったようです。「ようです」と書いておりますのは、誰も亡くなった瞬間をみていないからです。妹夫婦がたまたま寝室を訪れ、倒れているのを発見しました。

眠るような顔で亡くなっており、全く怖さを感じませんでした。25日は、八王子斎場で火葬を執り行いました。お骨をとりあげてくださった方、大変丁寧で、感謝しております。建物も非常に立派で、満足いたしました。

やっと明日で初七日。時間が慌ただしく流れていきます。亡くなったことはショックですが、やるべきことが多すぎて、感慨にひたる暇はありません。仕事もしておりますので、今までののんびりした生活態度が一変しております。

私にとりまして、父の存在は大きいものでした。この大きな存在を亡くしたわけですから、今後の生き方や仕事の方向性は大きく変わることになるでしょう。といいましょうか、すでに大きく変わる方向に進んでいます。

西洋占術については、コンサルテーションを1割くらいにし、9割は教えることにあてることに決めています。音楽や創作は独立して続けます。西洋占術と絡み合わせる方向で考えていましたが、父の死をきっかけとして、方向転換です。

HPには、レッスンのページを追加します。>音楽 西洋占術 2分野です。 音楽については過去にやっていないことを教えてみたいと思っていますが、未定です。

上記のように、大きな変更は音楽や創作と、西洋占術は全く別の活動にすると決めたことです。オーフィアスについては、西洋占術のテキストとして、一部の方だけに使うことは考えていますが、全員に使うことは無理だと思いました。

そんなわけで、より音楽や創作が独立していきそうです。





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第一段階は落ち着きました
やっと、申告も終わり、バタバタしていたことも片付けて、今日から作曲に入ろうとしていたところです。一つだけ、大変なことが残っているのですが、恐らく今月末か、来月に結論が出ると思われます。これが最も大きなことでしょう。

父が弱っております。いつまでもつかわかりません。そーいうところまできております。本当はのんきに作曲などやっている場合ではありませんが、もうどうなるものでもなし、自然の流れをみています。

人間は最後まで生きれば、木が枯れるように倒れるものです。まだ体験した事はありませんが、そうではないか?と予測しています。

オーフィアスは、「死」について触れております。実際の死を体験して、創作にかかったものですから、最後まで死がついてまわるのかもしれません。皆に死はついてまわりますが、意識しておられる方は少ないでしょう。それを意識してこそ、この創作が生きてくるものと思います。

特に昨年9月から、私の8ハウス(継承のサイン)に入った木星は、恐らく人の死を通して、さまざまなことを広げさせてくれるのかもしれません。占星術を意識してもいないのに、チャート通りになってきていますので、バビロニアの時代から続いた言い伝えも、全くバカにできるものではないなぁと思っております。

一つ、情報があります。2017年5月中旬には、獅子座にドラゴンヘッドが入り、獅子座〜みずがめ座間で、約1年かけて触を繰り返していきます。触とは?日蝕、月蝕です。特に、獅子座、みずがめ座の方にとっては、運命的な変容を体験するでしょう。多くは仕事のことだと思います。今まで、変化が少なかった方、新しい方向に進む、糸口をみつけるでしょうね。

これは19年に一度しか起きません。

魚座の触をたった今終えた私の実体験を書きます。

まず、前回の触に触れます。

ちょうど19年前は、例の教育用合唱分野に偶然入り込み、はじめて曲を書いたときです。全く意識もしておりませんし、私には無関係な世界でした。以前とはまるで違う方向に進みました。もちろん、触の影響だけではありませんが、そうなってしまいました。

そして触の影響があるといわれる、10年間をこの分野に費やしてしまいました。そのときは大変残念に思いましたが、運命としては、理にかなっていたのでしょうね?(10年間とは?1998〜2008年前後です)


今回の触は、2015年11月より、乙女座にドラゴンヘッドが入り、魚座〜乙女座間で触を繰り返し、3月12日の時点で一応の終わりを迎えました。この間、やはり仕事がだいぶ変化したと思います。音楽だけではなく、西洋占術も含めた活動へと移行していく基盤を作った時だと思います。

占星術を使用した月ごと予測も、2015年11月終わりくらいからお話をいただき、ちょうど2017年3月で終わりを迎えました。もちろんお断りしたのは、私のほうからですが、すごく驚いているのは、3月後半占いのアップが3/12であったことです。これで終わりという意味だったのでしょうか?

私にとっては必要な時期であったのかもしれません。

今後は約10年間かけて、変化したことの固定化に向かっていきます。全く意識しておりませんが、目に見えない大きな力で動かされているような気配を感じます。

父のこと、土地の売却が突然決まった事、仕事の変容 この3つをとっても、私には運命的な流れを感じざるを得ません。

そんなわけで、今日からはこの変容を固定化させるために、創作に邁進します。



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