制作日記~Kaoru Mizuki

2017 06
05 ← 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 → 07
言葉ではとても素晴らしくても
リフォームは予定どおり終了し、片付けも大部分終わり、やっと腰をおちつけたところです。しばらく音楽の話題から
離れていましたが・・・書かなくてはいられないことがありました。

リフォーム中、暇つぶしにみていたサイトがありました。そのサイトの主はよくはわかりませんが、おそらく学部はよそで、大学院だけは、芸大。何がご専門かはわかりませんが、推測したところサウンドデザインを手がけていらっしゃる。プログラマー的なこともやっている・・・録音もやっていそうだ・・・作曲も編曲もやっている。

とサイトの様子からはマルチに活躍している方で、あちこちから仕事の依頼もあり、すごい人だと伝わってくるものを感じたのは、私だけではないと思います。CDも出されているようで、試聴してみました。クラシックの編曲もので、古典をサウンドデザインした????ような感じでした。

打ち込みがかしゃかしゃと鳴っている音楽と思ってもらえればいいです。一曲試聴、二曲目試聴、同じような曲調が続きます。次にワーグナーがあったので、聴いてみました。わかりません・・・わたしにはどこがワーグナーで、どこがバルトークなのか・・????理解不能な音楽でした。

同じような曲調が20個くらいあり、それらが一枚のCDに収まっています。人生初の、わからない音楽でした。

普通は、ダメならダメ、良いなら良いと、判断をつけられるのですが、この方の音楽は判断をつけられません。無理に判断したら、どちらかといえば、「CDは欲しくない」ということでした。

しかし・・・この方、頭が良い人とみえて、音楽で語ることより、文章で語ることには向いておられるようです。すごく説得力があって、わかりやすい。音楽を作り、文章の説明をつけて聴かせるという新種の方法なのかもしれません。

音楽と他の分野との一体化を狙っているのかもしれないと思いました。私も同じことを狙っていますが、手法が違いすぎてわかりませんでした。

作っている人は楽しいでしょうが、聴かされる者にとっては全く楽しくない音楽が目白押しです。今までにない新しい音楽だそうですが、これがアートというものなのでしょうか?二度と聴きたくないものを作って、次世代にどうやってつなげられるのか、疑問に感じています。

駄作だから聴きたくないというのなら、わかりやすいのですが、駄作と言いきれる要素がありません。考えてみると、駄作と言い切れることは発展の余地があるのかもしれないと感じました。

書いていて自分もよくわからなくなってきましたが、悪いところがある曲は、伸びる可能性大であること。悪いところがある、才能がないと指摘されること=聴き込まれているからです。批判される部分以外に良いところがたくさんあるからだと思います。スタンスをかえれば、悪い曲→良い曲に化ける可能性もあります。

時代、国、その他さまざまな要因で・・・

そーいうところが感じられない曲を作っている人が、アートを語ることができるものかとも思うのです。ちょっと見たところかっこいいより、泥臭くてもかっこわるくても本音で語ることが大切なのではないかと思いました。

スポンサーサイト
 楽曲分析と演奏 コメント(0)
ユジャ=ワンのピアノ
今日の深夜、偶然耳にしたのですが、ユジャ=ワンのピアノ、曲によってはなかなかいいですね。彼女、私の中ではあまり聴きたくない部類の人だったのですが、プロコフィエフを聴いて、考えが変わりました。

プロコフィエフのピアノコンチェルト3番 お客さんが1楽章を終わったところで拍手しています。その日のお客さんがたが、曲をよくご存知なくて、終わりだと思ってしまったこともあるのでしょうが、演奏がすばらしかったせいもあると思いますよ。

彼女は鋼鉄のような演奏する人ですね。指をながーくのばして、和音をつかんでます。

以前は、中国雑戯団のような演奏だと思ってました。バッハやベートーベン、ショパンなどもこの人のタッチでは聴きたくありません。でも、すべての作曲家の演奏を得意とするわけではなくていいと思いました。この人、まだ若いし、年をくったときに、また別の面も出てくる。

ユジャ=ワンのおかげで、オーフィアスのキャラクターの曲にイマジネーションを得ました。

今、すすめている津波の曲、何度も何度も書き直ししたあげく、いよいよゴールに近づいてきました。昨年一年休んだことで、勘が鈍ったのか、最近ひいた風邪が原因なのか??・・無理して書いて、変なものをでっちあげても、つまらないだけ。

勘が鈍ったのなら、取り戻すまでやらなければと思いました。技術的なことは、離れると衰えるものです。そういう意味でも、自主的に作品を作ったことは、良かったと思いました。人から依頼を受けて書く場合は、技術より、聞き映えでしたので・・・あれを続けていたら、今よりだめになっていたでしょうね。

ところで・・・新垣さんの曲「Harikomi」もちらりと聴きましたよ。最初、学生バンドがやってると思いましたが、どうも違うみたいですね。もしかして、曲が難しかったか、曲があがってくるのが遅くて、練習できなかったのか?とも感じました。

弦楽器はときどき聴こえましたが、クラシックならお上手なんでしょうけど、それ以外のジャンルに関してあまり詳しくない?そういう印象でした。別になくてもいいんじゃない?という感じで印象薄いです。

曲については、途中の「なんとか音頭」みたいな部分が、良かったです。自然体で書いていらっしゃいますね。聴いている人間にも、わかりやすく、これが新垣さんのルーツなんだなぁと思えました。リズムが入ってる部分やメロディは、人の借り物一直線で、自分の中でこなれていない。

確かに、依頼を受けて、何々風というので、そのままもってこなければいけない場合もあるけど、せっかくの大舞台なんだから、もう少しご自身の色を出されてもよかったのでは?と思いました。

それはともかくとしても、今後もがんばって作曲活動を続けることを、お祈りしております。

ユジャ=ワン プロコフィエフ ピアノコンチェルト3番


 楽曲分析と演奏 コメント(0)
ロリン=マゼールさん亡くなる
私にとっては大きな出来事でした。マゼールさんは、正統派でありながら、自分の色合いを前面に出すという演奏。人によっては、アーティスティックではないと受け取られていたようですね。メータさんなどに比べると、個性が感じられないと書いておられた方がいました。

私は、自分の耳でOKだったら、人の意見はどうでもよいのです。メータさんも、ワーグナーのトリスタンにおける情熱的で、個性的な解釈(テンポがすごくゆれる)には共感を覚えましたが、他の曲では、荒っぽいと思うことも多々あり。

何かしら、少し違和感を感じるところがありました。

私はマゼールさん、ヤンソンスさん、スタンスは違いますがブーレーズさんのような、正統派な指揮者が好みなのかなぁと思います。マゼールさんは作曲家でもあったから、曲の解釈についても、的を得ていたと思うのです。いずれにしても、とても良い演奏を残してくれた人だと、私は思っています。

本来、古風なものが好きなのかもしれません。先端を突っ走るのもいいですが、後からついていく気持ちよさってありますもの。全てではないですが・・・最近はヨーロッパの古楽も聴き始めました。妙に気持ちいいんです。>リュリなど

本当に好きな曲には、何度も手が伸びます。歴史の流れにのっとってきた曲、解釈には安心感を感じます。マゼールさんは自分を主張しながらも、古典の枠組みからはずれることはなかったですよね。そういうところが好きなのです。

ところで・・・
おもしろい文章をみつけました。なかなか鋭いことをたくさん書いていらっしゃいます。(耳が良い!)打楽器専門の方、演奏も少し聴かせていただきました。ほんの少しだけでしたが、理屈抜きで音楽やってる人?感性溢れる人だったのだと思いました。(故人になってしまわれたようですが・・・)

ただし、マゼールさんについては一理あるものの、私とは感覚が違うと思いました。この方、よく学芸大学に行くつもりになったものだと思います。中退されたようですが、納得させる文章の数々です。

彼に、無料で作曲を頼んだ学校の先生がいて・・・それをおもしろおかしく、辛辣に書いていらっしゃいます。確かに・・・目に見えないものは無料と思っている人は多いですね。というか、学校の先生は、無料でものを頼んでもいいと思っている方は多いのではないでしょうか?たまには律儀な方はいますが、多くは、子供たちのためなら、無料でやるべきだと思っているでしょう。

演奏家の人でも、まっとうなお金が払えないのに、頼む人はいます。私は、頼まれたことありませんけれど・・・頼まれてもやりません。また、作曲家の方でも、お金を受け取ること=悪いことと思っている人もいるようです。そういう考えの人とは別次元なのでしょうね。


↓ ↓ ↓ どうぞ読んでみてください。

職人指揮者マゼールここをクリック










 楽曲分析と演奏 コメント(0)
マックス=レーガー
マックス=レーガーの曲、聴いています。昔から知っていましたが、有名曲、モーツアルトのトルコ行進曲付きピアノソナタのヴァリエーションしか聴いたことがなかったです。

しかし・・・最近はyoutubeというものがあり、良い演奏を聴くことができます。今日聴いてみて、すごいと思ったのは、室内楽。下の曲、演奏もすばらしいのですが、曲も良い。

フルートとヴァイオリンとビオラのためのセレナーデ(一部)



レーガーの曲を、つまらないとか、音楽史に残らないと書いている人がいますが、私はそうではないと思います。ヒンデミットのようなタイプの方ではないかと思います。ほんとの意味での玄人の作曲家なんですね。

玄人といいますと、技を前面に押し出して書くことを意味していると思われがちですが、そうではなく、遊び心をもって、しかも、ポピュラリティもあり、今の時代とても楽しめる曲の数々だと思います。ただし、これは私の独断と偏見に満ちた感想だから、他の方はどう思うかわかりません。

レーガーの室内楽は初めて聴きましたが、すばらしい。室内楽をこうやって書けるのは、腕がある証拠。一番室内楽を書くのが難しいのです。ごまかしがききません。腕があるかないか、すぐにばれてしまいます。

表面的な感想はおいといて、レーガーの曲は内省的かつファンタジーに富んでいます。西洋クラシックの王道をいく書法ではないでしょうか?私にとっては安心して聴ける曲の数々。できれば全曲聴いてみようと思うほど、好きな音使いをしている作家です。

シンプルでもあり、複雑でもあり・・・彼の境遇、性格をあらわしているのでしょうか?

ところで・・・
来月くらいから、オーフィアスヴァリエーションという曲の準備に入ります。そのために、レーガーをせっせと聴いているわけです。私のはヴァリエーションといっても、文章が入ってきますので、多少は邪道です。しかし、音楽が中心であることは変更しておりませんので、準備には時間をかけます。

変なものをでっちあげるより、多少時間がかかってもいいから、今の自分の中で最高のものを作りたいです。

 楽曲分析と演奏 コメント(0)
日本組曲
伊福部先生の初期の作品、日本組曲を聴きました。オーケストラ、ピアノ版とありますが、私はピアノ版のほうが興味深いと思いました。

譜面を今、出版社で探してもらっています。受付にいる方、管弦楽版のことしかわかりませんでしたが、ご連絡をいただきまして、2014年7月に重版予定ということです。

聴いてみての感想ですが、徹底的に一つのメロディをバリエーションする、作風だと思いました。ピアノの幅広い音域で、さまざまな音色を追求しているんですね。(高音域でのバリエーションは、トイピアノみたいでした。)

リズムも重視されているということでしたが、むしろ私は音色追求派だと思いました。今風なんですね?今は、ジャンルを問わず、音色の時代だと思います。メロディは無機質なものであったり、肩の力が妙に抜けていたりするのですが、時代にはあってるのではないでしょうか?

伊福部先生の曲は、時代の先取りだったのではないか?と私だけが勝手に思っています。

日本組曲との名がついていますが、日本一色ではなく、大陸的なものを感じました。私も日本人ですが、かなり感性が違うと思いました。それは時代であり、環境であるのかもしれません。

他にの問題。伊福部先生の発言にあったようですが、家系も影響しているかもしれません。家は、先祖がお寺だったりしたので、宗教なんて意識していなくても、どこかに影響を受けているかもしれません。

先生の血が解決するというお言葉には、非常に感動しましたね。


ところで・・・
今、オーフィアス組曲の中の祀りの曲をすすめています。合唱がメインなのですが、芯の部分に伊福部先生の影響を受けつつ、これから音にしていくことと思います。

私の場合は、ショパン風といいましょうか?(たとえる作家が天才過ぎますが・・・)書く前に、だいたい覚えておいて、その後音にする方法です。五線紙に書き付けるのはだいぶ後になります。ショパンは即興演奏をし、記憶した音符を五線紙に書き付けていき、その後修正したとか?

私も似た感じでやっていることに最近気づきました。以前はこんな感じではなかったんですけどね。







 楽曲分析と演奏 コメント(0)