制作日記~Kaoru Mizuki

2017 09
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序奏とアレグロ
Ravelの名曲、序奏とアレグロを聴きました。出回っている楽譜と初版には、違いのある部分が多いというお話があり、注釈つきの楽譜を買うことにしました。

この楽曲は、初版を買ったほうがいいと思える曲です。

冒頭では、B♭を中心として動きだします。 強調されている音も(クライマックスやフォルテになる部分)B♭、 途中で転調し(何度か上げ下げする)展開され、蝶のように舞い、最後はB♭で終わる。音を点とするならば、点があちこちに動くということではないかと、感じました。

調性は理屈の上ではGes-durですが、窮屈ではありません。型から逃れようとしては、B♭がどこかで鳴っています。つまりGes-durから、逃げようとしても、B♭が追っかけてくる様相です。

(youtubeを徘徊しておりまして、伊福部先生の曲を聴くことになり、先生はRavelの影響を直接的に受けているのではないかなぁ???と思った次第です。曲調は全然違いますが、根底には同じものを感じた次第です。ただ、一個人の印象なので、間違っているかもしれません。)

それはともかくとして・・・

音そのものが初版と違う箇所があるかもしれません。上記のような曲の進め方(一つの音を中心とした展開)ならば、ホンモノを見た方が良いと思った次第です。私は謎解きが好きなものでして・・・「なぜここにこーいう音が置かれているのか」と、ときたま不思議になったときの、解決方法として、初版は必要だと思いました。

それはおいといて、ハープの奏法の多様性や音色の変化による気づきを得るには、大変良い楽曲だと思います。依頼されたのが、ハープメーカーであることや、ハープの進化には、この曲があったといっても過言ではないことも理由の一つです。


昔はそうも感じなかったのですが・・・考え込んで作ってはいないですね?この曲。水彩画をサラッと描くように、書いたように感じました。どんなジャンルでも、努力の結晶ではすごいものにはならない部分もあるようです。大胆さも必要。努力することも才能の一つですが、その前に本質的なもの(生まれつきの感覚)が必要。

時を見極める能力もその一つなんでしょうな・・・難しいですね。

凡才の私は、今後1曲はハープ中心の楽曲を作りますので、古典から現代に至るまで、ハープの曲をアサッています。加えて、ピアノデュオの曲に力を入れます。こちらも今、先人の曲、現代作曲家の曲を拝聴しております。



序奏とアレグロ





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ラモーと音楽の本質について
最近、ラモーの作品を毎日のように聴いています。オペラや声楽曲が主流ですが、器楽曲もなかなか興味深いです。ラモーはバッハと同時代の作家ですが、バッハよりも柔軟だと感じます。

オペラでは、優雅なインドの国々がよく聴かれています。なかでも 未開人の踊りは楽しいです。色々な振り付けがありますが、私は下記の「リズムの揺れ」が気に入りました。


この踊り、曲との絡み具合が、理屈抜きに面白いと思います。曲には、このような肩の力をぬける部分が必要なのだと感じました。理屈を超えての演奏や楽曲は、荒削りであっても、人の心を打ちます。

この踊りをみていて、自作品のオープニングはピアノソロで、即興性を交えて、思い切りぶつけてみたいと考えてみます。最近人の作品をよく聴いていますが、最後は自分の持っているものに帰っていくと思います。

名前こそ出しませんが・・・器楽曲が歌謡風なのです。懐かしい気持ちになるような、どこか大陸的な曲調だと私は感じるのですが、ご本人はご自身の良いところに気づいておられないようです。無理に今の時代に合わせるより、持ち味を生かす方が良いと思います。

生まれ持ったものは変わりません。これを本質というのです・・・最後はこちらに戻っていきます。もっていないものを追求して、ねじまげるより、ご自身の良いところを生かせる分野に進むといいと強く思いましたが・・・一度もお会いしたことのない方に忠告めいたことを話しても、迷惑になるわけですので、こちらにこっそりと書いておきます。

歌や合唱を書いていくと重宝されると思います。性格も、このような分野に向いていると思います。人間の根底にあるものが創作の本質を支えていると思います。ご自身の心に問うてみてくださいませ。

ラモーに話を戻します。他にもおもしろく、エネルギッシュな楽曲はたくさんあります。下記の「めんどり」という曲もおもしろいです。左手の音域が、にわとりそのものといった響きがしませんか?





優雅なインドの国々から〜未開人の踊り
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演奏と楽曲分析との兼ね合い
あちこち拝見していましたら、音大生はあまりにも曲のこと、を知らなさすぎるからして、せっせと楽曲分析のお勉強をいたしましょう的なblogがありました。今の私は、現代の音大生とお話しする機会がありませんので、よくわかりませんが・・おそらくこれは、演奏の方に向けたメッセージでしょうね。

もちろん、お勉強は大切だとは思います。しかし・・演奏することと分析することは別だと、ふと思ったのです。たとえば、分析を強調したような演奏が、楽しいかといえば、そうでもない。分析をしたとしても、自分のものになっていなければ、とってつけたような演奏になってしまうのではないか?

これは創作にも言えることだと思います。人から影響を受けることがなければ、良き方向には進んでいきません。しかし、自分の中でこなせなければ、(別の言葉でいえば、自分に忠実に作る)曲が流れていきません。

演奏、創作共に、自分の思いや感覚に忠実に!ということが最も難しいのです。お勉強を超えてやっていくことの大変さ、難しさをよく知っているだけに、分析を分析だけで終わらせるようなことはしないほうがいいなぁと思うのです。


私は音楽は遊びであると思っています。楽曲分析のレッスンを手がけるにしても、この音形があって、意味を次につなげていく的なことが必要かどうか?悩むところです。もちろん、本当にわからない人には、このようなやり方も必要ですが・・・

いつもいつも、このようなやり方では、実際の演奏には役立たないと思うのです。分析をし、気づきを得て、すぐに演奏に反映されるようなやり方でなければ・・・楽しくありません。このようなことを、よく考えるようになりました。

霊感という言葉は、あまり好きではありませんが、「何かわけのわからないものに圧倒されるような演奏、または作品」の根底には、お勉強だけでは得られないものが埋まっていると感じます。そんな演奏や、作品に触れようとして、youtubeなどを聴き漁っております。

最近では、Jazzのマリンバ+ヴィヴラフォン奏者で、これは!と思う方がおられました。Jazz界ではベテランで、有名な方なのでしょう。→大井貴司氏

できることなら実演を聴いてみたいと思っています。





































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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オリオン「ハンター」
以前の記事で、サーリアホさんの「オリオン」について記しました。3曲目の「ハンター」については、後回しにしましたので、再度拝聴してみました。

第一印象--喰うか喰われるか です。

最初の木琴の音列を軸として、同音連打、その他のモティーフ、伸びる音(単に伸ばしているのではなく、印象づけるために、拍で区切って表情づけしているように聴こえる)などを、音群として、音色を巧みに変えて、繰り返していく。

この伸びる音が大切。これは星の呼吸のように感じました。だから、拍で区切って、表情付けしているのでしょうか?

最終には、この星の呼吸は小刻みになり、一本の線になり、途切れてしまいます。(ここで星が死ぬんですね?)

冒頭の木琴の音列は、星の大群のようにも聞こえます。星の大群が手を変え、品を変え、一個の星を襲うというように、聞こえました。

古典の時代には、調性を変えることにより、曲の色付けを変えていたことを、音色の変化により、表現しているのではないかと思います。このような曲はたくさんありますが、よく理解できる曲は少ないように感じます。

サーリアホさんの曲は、言葉がなくても、音そのものにセリフがあるような印象を受け、訴えかけてくるものが、強い・・・直球勝負って感じです。言葉のない、オペラのように感じます。

人によっては、全く違う風景にみるでしょう。私は上のようなイメージでとらえました。他の曲も聴いてるのですが、ここのところの酷暑で、パソコンの熱にやられて、なかなか集中して聴いたり、書いたりすることができませんでした。

しかし、立秋も過ぎましたので、短文にはなると思いますが、書いていきたいと思います。

私の作曲(オーフィアスバリエーション)のほうは、ようやくこれで筆をもってもいいかと、確信がもてるところまできました。とはいいましても、この曲の1/3くらいまでですが・・・ (現代的作品ではありませんが、サーリアホさんの影響は大いに受けています。)

他には、古典対位法を再度勉強し直そうと思っています。一般の対位法だけでは不十分だと以前から思い、数年前に始めようとしたところ・・・雑事と生活に追われて、なかなか落ち着いて本を広げることができませんでした。ようやく、時間がとれるようになってきましたので、こちらについても、書いていきたいと思います。


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「オリオン」
カイヤ=サーリアホさんの「オリオン」を聴きました。想像していたより、ずっとわかりやすい曲でした。この方の曲は、情景が目に浮かびます。また、根底に、シュタイナー学校で学んだ、何かがあるのかもしれません。

「オリオン」は3曲でできています。1曲めは「メメント モリ」 星々が生まれて、死んでいく情景が目に浮かびました。最終の繰り返しは、星の爆発による死でしょうか?この曲は、子どもさんでも理解できると思います。これを、繊細に、しかも大胆に表現できる精緻な技術と、感覚、そして耳の良さは、やはり凄い才能としか言いようがありません。

特殊奏法が曲にとけ込み、意味深いです。特殊奏法=自然として、私は受け止めました。

2曲目、「ウインター スカイ」こちらにも感激いたしました。流れ星が冬の夜空を流れていきます。そして、寒い寒い夜を、音色と空間の広がりで表現しているように思いました。冷気までも、音楽で表現されているなんて、素晴らしいとしか言いようがありません。

3曲目も聴きましたが、どう書いていいのか・・・今は書けませんので、後日書きます。

ところで、次の日に、バッハのブランデンブルグコンチェルトの5番を聴きました。この曲にはみるべきものはないと言う方もいます・・しかし、サーリアホさんの曲を聴いてからというもの、バッハも彼女に影響を与えているのではないか?と感じました。全く曲調は違いますが、根底にあるもの、またバッハなど、西洋クラシック音楽から得たものが、彼女の奥底にあると確信いたしました。

サーリアホさんの作品は歴史の流れにのっていると感じ、バッハにも聞き惚れてしまいました。

これから具体的に書き進めていく、「オーフィアス組曲」にも、大きな影響が及びそうです。数年前に書いた部分、「津波」も手直しする必要が出てきました。(この作品のはじまりは、猫の一家が、津波から逃げるところから始まるのですが・・ご夫婦は流されて、子猫だけが助かります。)

それから・・サーリアホ作品の指揮、エッシェンバッハさん。この方、ピアニストでしたが、元々は指揮者になるつもりだったとか?私はあまりよく聴いたことがなかったのですが、縁あって、秋にピアノを、生で拝聴させていただくことになりました。楽しみです。







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