制作日記~Kaoru Mizuki

2017 10
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宮島登志子さんのお別れの会(再公開)
この記事は2009年7月19日に書かれたものですが、反映させます。「オーフィアス組曲」は彼女の遺作、猫のぬいぐるみが発端となりました。今は2013年6月。彼女は2009年の6/8に亡くなったんですね・・・あれから4年も経ちましたが、未だに検索してくださる方がいますので、公開しようと思いたちました。よろしければ読んでください。

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きょうは宮島登志子さんのお別れの会に行ってまいりました。前の晩から作品三匹を袋に詰めて準備。最近わたくし忙しいのですが、この会にだけは徹夜しても行かなければと思っていました。やはり一ファンとしては、何をさておいても優先させたいと考えていました。

お別れの会の現場には、宮島さんの作品も少し飾られていました。あたしは手触りを確かめたり、写真にとったりしましたが、見れば見るほど、一体一体に個性があると感じました。うちのウサギと猫とは同じ種類なのに顔が違うのはすばらしいことです。手作りの良さを感じました。

お別れの会で初めて、デザイナーの顔を見るとは何かの因縁でしょうか?作品のウサギや猫に雰囲気が似た、お上品な方でした。ご主人はnanonanoの宮島浩一さんで、ご存知の方もあると思います。nanonanoの名付け親が登志子さんだったのですね。

一ファンを結びつけてくださった澤田さんという方が挨拶をされまして、猫のオレンジを(注文したうちにいる猫)作ってもらうまでの経緯を説明されました。元はあたしがメーカーさんに、宮島登志子さんの行方を知りたくてメールしたのがきっかけでした。オレンジをお願いしたのは、今年の4月だったのですが、この注文が元で登志子さんとお電話で話すことができ、それが最後の作品作りとなってしまったのです。

最後の作品つくりに一ファンとして関われ、良かったと思います。

今日はまったく部外者のわたくしが挨拶までしてしまいました。うさぎと猫も一緒に挨拶しました。挨拶が終わったあと、まったく面識のない方がたくさんお声をかけてくださいました。これも作品を通してのつながりというのでしょうか?

最後に電話で話したとき、宮島登志子さんが「自分はもう遣り残したことはない」と仰っておられたことを話すと「そういう言葉は哲学者でもいえない」という方がいました。帰りの電車の中でこの言葉をかみ締めました。

「哲学者でもいえない」というのは素晴らしい言葉だと。普通は人間は死を意識して生きていられないのでしょう。死を意識して初めて生きることの意味を知るのかもしれないです。そしてこうやって意識できたのは、アートをやっていたという証かもしれないですね。

あたしの考えとしてアートというのはさりげないもので、ふっと心に何かを置いていけるもの。何も役に立たないものがアートであり、決して実用的ではないんです。うちの三匹の動物も何の役にもたちませんが独特の光を放っています。

今日はいろいろと考えた日でした。自分のいるべき世界と、いるべきではない世界とがあり、今後は自分の本当に向いた世界に駆け足で行くことが大切だと思いました。今はそちらの方向へ向かいつつありますが、足が遅い気がします。

秋には今までのお約束を完成させ、一旦線を引くことが今の課題です。
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