制作日記~Kaoru Mizuki

2017 10
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リストの宗教曲
リストといえばピアノの大家という印象大なのですが、宗教的合唱曲もあるのです。聴いてみたところ、なかなか私の趣味にあっていました。


ほぼ毎日、就寝前、朝、聴きながら歌っています。空白のとりかた、楽想など、人間くさく、宗教曲であっても外側に向けて発信したいとの思いがあったのかもしれません。合唱のさまざまな響きや風景を感じたり、長くのびる音符を聴いていると、何とすばらしく広い空間があるものか!と気持ちが大きくなっていくのを感じます。

日本のお寺の空間とは全く違い(あたりまえだが)、立体的であることをも感じます。

リストの宗教曲以外のものについても、一種独特の癖があると感じています。好き嫌いは別れるところでしょうが、今の私は彼の癖に少しばかり心を射抜かれているところです。以前はロマン派の作家の中で、リストの楽曲は、一部を除いて、すばらしく良いと思ったことはありませんでした。

私はロマン派の中では、今でもショパンがベストだと思っています。即興性だけではなく、ソナタの3番のように、現代作品に通じる書き方をもしています。感覚的であり思索的。その両方を兼ね備えた曲が半分以上を占めていると思います。もちろん人間ですから、全曲がすばらしいわけではありませんが、リストほど、力技や手癖で書いた曲は少ないと思います。

リストは大雑把で、もう少し細かいところまで気を配って書けば良いとか、もう少し楽想を練った方が良いかもしれないと思ったこともありました。


しかし・・・
合唱曲を聴いてみて、勝手にメロディを口ずさんでいる自分を発見。リストの歌には心を惹かれるものがあります。日本ではあまり演奏されないのかもしれません・・・(私合唱団体にはほとんどご縁がなく、演奏会に足を運ぶことはほぼゼロですので、わかりません。)

彼の作品で有名なものは、親しみやすかったり、情景描写に徹したりという曲なのですが、ワーグナーのように、調性が曖昧な曲をも手がけていたことを知りました。彼は自分の思いとは別の曲を、お客に望まれるままに書くことが多かったのではないか?と思いました。

いろいろあったのでしょうね・・・最終的には神学を学んで、聖職者になります。胸の内はリストにしかわからないでしょうけれど、ネットをみると彼の思いが建前だけでも綴られております。


「音楽は基本的に宗教的です。音楽は神への賛美を歌い、言葉と音楽は常に結びついているのです。有限と無限のふたつの世界を交わらせるものとして音楽はもっともふさわしいといえます。なぜなら音楽にはそのふたつの要素が備わっているのですから。そうした特権は音楽ならではのものです。」

↑ ↑

言葉と音楽とは常に結びついているとは、最初は神への賛美から音楽が始まったということ。また国の言語は音楽とつながっているとも(器楽曲でも)言いたかったのかもしれません。このようなことが、聖職者になってより強く感じられる状況に陥ったのでしょう。

この件、知識だけはありましたが、実際に宗教曲を聴いてみて、日本人にはありえない音の使い方をされているのを目の当たりにしました。

ところで・・・
伊藤博文さんが、リストの晩年の演奏を聴き、いたく感激して、日本に連れてこようとなさったのは有名な話です。お礼に四国をあげるとか??? 無鉄砲な発言ですが、そのくらい感激なさったということで、私は良い印象をもちました。何もわからない人ではなかったんですね・・・

今はこういう政治家っていますか??よくわかりませんが、薄っぺらい印象しかありません。







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