制作日記~Kaoru Mizuki

2017 10
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観察
伊福部先生の日本組曲を聴いてからというもの、観察することの大切さを知りました。リズムがどうだ、和声がどうだ、といった作曲技法上のことも必要でしょうが、その前に、先生の緻密な観察力を曲から伺い知ることのほうが先決と思いました。

この曲は、どうしようああしようと、手練手管で書いたのではなく、自然観察から(人間も含む)生まれたものだと私は感じました。(これは私の感想なので、作曲者の意図するところとは違うと思いますが・・・)そのため、私も、今手がけている「祀り」という曲のために、京都の祇園祭のお囃子を念入りに聴いて、必要なところは譜面を起こしたりしています。

漫然と聴いていると気づかなかったところがいろいろと見えてきました。

同じメロディをやっているようで、ほんの少しづつ違ってましたり、リズムも八分音符で進む部分と、少し崩している部分とがあって、はっきりした理由はわかりませんが、もしかしたら言葉が関係しているのかもと思いました。

フレーズのおさめ方も、一種独特のものがありますね。一瞬すっと太鼓を抜いてみたり・・・気づかないほうがだめだとおっしゃる方もいるでしょうが、私は日本の音楽を念入りに聴いたことがありませんでしたので、新たな発見なのです。

日本の音楽にはあまり興味がもてませんでしたが、一つの音を執拗に繰り返す意味や、心地よさを、体感できつつあります。興味ももてないのに義理で書いても、良い曲ができるわけがないと思っています。今は、自分の中にあるもの(自分が何者であるか)を見つめなおす時にきたのでしょう。

お仕事の曲をたくさん手がけている人の対談を読んで、ほんとに仕事に徹しているのを感じて、自分には持っていないモノを発見。仕事に向いた方は、感情ではなく、淡々としてやっつけてしまう。>そこまで行くのに、大変な努力をされていると思います。言い換えれば向いているからこそ、努力も楽しい。

進む道、向いている道が違うのに、他人と同じ方向に進もうと真似をしても、いつかは限界がくるのではないかと思いました。ほんと、それぞれの立ち位置って与えられているんですね。これを発見できるかどうかが、でしょう。(最近、鍵ってよく使ってます。安っぽい言葉だと思いますが、語彙がすくなくこれしかあてはまる単語がありませんので、ご容赦を)

伊福部先生の曲を聴かせていただいて、本当にいろいろなことに気づかされました。考え方も変化したと思います。少しおおらかになれたと思っています。





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