制作日記~Kaoru Mizuki

2017 11
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生きるための意味づけは必要がない
今、音楽をつけている作品(はじめての自主制作作品ですが)は、台本と音楽とも私が書いております。

テーマは「生きるために意味づけは必要がない」ということです。先日もチベットの鳥葬をみておりまして、この方たちの根底にある奥深さを感じました。鳥葬とは、鳥に死体を食わせるのです。遺体は単なる箱であり、魂は天に昇っていくという思想ですね。youtubeに映像が残っておりましたが、今は映像をアップすることは禁止ですので、貴重なものでした。

生きとしいけるものは、平等なのです。自然の摂理にしたがって生きている。頑張って生きても、目的をもっていきたとしても、最後には無になるということ。なんのために生きるのか?ではなく、自然のままに生きる・・・

私、鳥葬をみていまして清々しいものを感じました。

オーフィアス組曲は2010年あたりから台本を書き始め、2013年に思想の勉強をしてから、大幅に書き直しました。書き直してからは、テーマも「生きるための意味づけは必要がない」に変化しました。

あのときから4年ほど経て、世の中の流れも変わってきましたね。特に、お隣の北朝鮮の件もありまして・・もし有事になったとしたら、今までの価値観はごろっと変容するのではないかと思っております。まさに、「生きるための意味づけは必要がない」 と思う方も増えてくるでしょう。

有事になったとしたら、死を意識することになろうかと思います。何も役立たない・・・と身をもって体験することになりましょう。そうならないことを祈るばかりですが・・・

私は狙って作ったわけではありませんが、世の中の流れがそうなってきてまして、驚いております。また2013年に、強くすすめられて勉強した西洋思想に関しても、必要であったと確信する時期が刻々と近づいてきていると思っています。

何事も必要であるから起きるのだと感じる今日この頃、直感を大切にして生きるべきと思っております。で、音楽に関しても、カチカチではなく、鷹揚な態度が必要と感じました。まだ具体的には音にしておらず、これから書いていくのですが、聴いて苦痛を感じる音ならば、書かない方がマシ。

テーマをわかってもらえるような音作りをすべきという結論に達しました。そういうこともあり、やっと音符を書き始めることにしました。自由度大きく、直感を頼りにします。

本日は午前中、とっても不快な音楽を聴きまして、絶対にこーいう音楽だけは書かないぞと、肝に命じました。現代音楽のようです。相撲がテーマになっているようでしたが・・・相容れないものを感じました。加えて体調を崩すほど疲れました。

こちらの耳が悪いのかもしれません。しかし一聴衆としては、古典のほうがいいのではないかと思った次第です。古典とは、日本音楽の古典です。私は日本音楽なんてよく勉強しておりませんので、細部まではわかりませんけれど、長唄などをきいていまして、古典の曲が優れていることは感覚的に理解できます。

なんでもいいから破壊することは、人の神経を逆なでしますね。私は古典を基盤とし、人が聴いて理解できる音楽、加えて気持ちのよい音楽でやります。たとえ古くさくても、オーソドックスなものを中心としたいです。

で・・・共感をもってもらえる方だけに鑑賞してもらえれば、十分だと、本日は思いました。
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