制作日記~Kaoru Mizuki

2018 07
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音楽に集中できる環境となりました
2017年も終わりに近づき、ようやく音楽に集中できる環境を手に入れました。時間に余裕ができ、気持ちの余裕も生まれました。私の場合、2つのジャンルを同時に手掛けていくことは、難しいと思いました。

年末にきて、偶然のきっかけにより、音楽へと逆戻りすることができて、感謝しています。今年は父の死とその後の処理や、遺産相続の大変さに押しつぶされましたが、曲は良き方向へと向かい、現在手掛けているオーフィアスバリエーションは、以前に書いたひどい状態を、記念としてとっておきたいと思えるほど、まるで人が変わったような出来上がりになってきました。

「これなら大丈夫だろう」というところまできました。来年頭までかかると思いますが、1/3の部分まで手直しし、一旦筆を起きます。そして、以前から書いておりますように、ピアノデュオの曲にかかります。この曲も、オーフィアス中の1曲です。

曲のことはさておき、悟ったことがあります。たとえば、誰かから嫌がらせを受けたり、損害を被ったとします。相手を恨み、仕返しをする方も多々おられることでしょう。今の私の考えとしましては、ご自身の手を汚す必要はないということです。

放っておけば自然と、相手方は、受けた仕打ちと似たような状況になることを発見いたしました。世の中はぐるぐる回っているのかもしれないと、感じました。何か損害を被ったから仕返しをしては、もったいないとも感じつつあります。このエネルギーをよそに向けることは、相手への執着を解く鍵でもあるのですね・・・

上記のような出来事を、12月に入ってから体験いたしまして、ここに書かずにはいられなかったのです。因果応報、あるのかもしれないです。

さて・・・今年の音楽体験で、最もすごかったもの。それはエマール氏のピアノによるメシアンの「20のまなざし」でした。私の人生を変えた曲であり、演奏でした。この曲をきっかけとして、30年以上も前に購入したメシアン氏の対談集「現代音楽を語る」を読み直してみました。

昔、わからなかったことが、今は大いに共感をもてるようになりました。彼が自然の声を重視している背景には、囚われの身であったことが影響しています。人は、何もかもなくして、初めて、自然から学ぶことができるんです。私も2015年には、大変な苦労をしまして、メシアン氏の感覚を共有できるようになりました。

何事も体験してこそ、共感できるという、シンプルなことを理解できるようになったのです。苦難の中で喘いだとしても、それは脱皮へのプロセスであるのです。みなさんも、思うようにいかないことがあるかもしれませんが、受け入れてみましょう。必ず、新しい扉は開かれます。

以上、私の体験と考えを書いてみました。読んでいただければ幸いです。





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