制作日記~Kaoru Mizuki

2018 06
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他者の楽曲分析
少し前からアマゾンで知った作曲家のblogをみています。blogのテーマは、クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり-バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、演奏法までも分かる というもの。

数年前に、blogの書籍化が行われたようですね。アマゾンでは、多くの方が感想を書いておられました。私も、blogに伺って、全てではないですが読んでみました。

分析については、私とはみる観点が違いました。わかりやすくいえば、前回に記した、カルロスクライバー 氏とは全く逆であると感じました。わからない方は、クライバー氏の演奏(特におすすめするならば、トリスタンとイゾルデ それから ブラームスのシンフォニーの4番 ですね。他にもたくさん良い演奏を残しています。)を聴いてみてください。

他に、全く逆の指揮者で、わかりやすい方。ベニズエラのドゥダメル氏をあげておきます。

ときどき思うことがあります。たとえば、シューマンのトロイメライ。シューマンはモティーフを埋め込むように、作曲したのか?ということです。バッハを研究し尽くして、ああでもないこうでもないと、操作していったのでしょうか?

ワーグナーのトリスタン。どこかで読んだことがあるのですが、ワーグナーは理屈で書いたものではないそうです。
あの半音階的進行や、エンハーモニック転調は、ワーグナーの心の奥底からわきあがってきたのものだと思います。

私は、(私だけかもしれませんが...)良い曲というのは、理屈ばかりで書けるものではないと思っています!技術や理屈も必要ですけれど、それが表に出てくるようでは、未熟なのではないか?と思うのです。

演奏と創作とは違います。何も知らなくても、良い演奏をする人はたくさんいます。ピアニストのアルゲリッチなぞは、転調なんか全くわからないと、いうことでした。(私は好きな演奏家ではありませんけれど、多くの人の心を揺らせているという点で、名演奏家だと思います。)

きっと生まれつきの何かがあるのでしょうね?

あまりにアカデミックすぎても、人の心に響かないんです。→クライバー 氏がリハーサルの時に似たようなことを語っておられました。

私も同様の意見ですので、冒頭の作曲家の方とは相容れない部分はあると思います。しかし、この方の良いところは、主張を曲げず、堂々と意見を書いておられるところです。誰がなんと言おうと、自分を信じて発信しておられるところです。加えて、素晴らしい演奏家に、自作を演奏してもらっているところですね。

「演奏させてください」と頼まれたとしても、ご自身の感覚や完成度に合わない人ならば、お断りになるような方ではないか?と推測いたしました。

そういう意味で、非常に刺激を受けました。自分の作品は自分の思うレベルの演奏家、もしくは全て自分で責任をとらなければ、良いものはできてこないと強く思いました。

このことに気づかせていただけて、良かったと思いました。
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