制作日記~Kaoru Mizuki

2018 02
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演奏と楽曲分析との兼ね合い
あちこち拝見していましたら、音大生はあまりにも曲のこと、を知らなさすぎるからして、せっせと楽曲分析のお勉強をいたしましょう的なblogがありました。今の私は、現代の音大生とお話しする機会がありませんので、よくわかりませんが・・おそらくこれは、演奏の方に向けたメッセージでしょうね。

もちろん、お勉強は大切だとは思います。しかし・・演奏することと分析することは別だと、ふと思ったのです。たとえば、分析を強調したような演奏が、楽しいかといえば、そうでもない。分析をしたとしても、自分のものになっていなければ、とってつけたような演奏になってしまうのではないか?

これは創作にも言えることだと思います。人から影響を受けることがなければ、良き方向には進んでいきません。しかし、自分の中でこなせなければ、(別の言葉でいえば、自分に忠実に作る)曲が流れていきません。

演奏、創作共に、自分の思いや感覚に忠実に!ということが最も難しいのです。お勉強を超えてやっていくことの大変さ、難しさをよく知っているだけに、分析を分析だけで終わらせるようなことはしないほうがいいなぁと思うのです。


私は音楽は遊びであると思っています。楽曲分析のレッスンを手がけるにしても、この音形があって、意味を次につなげていく的なことが必要かどうか?悩むところです。もちろん、本当にわからない人には、このようなやり方も必要ですが・・・

いつもいつも、このようなやり方では、実際の演奏には役立たないと思うのです。分析をし、気づきを得て、すぐに演奏に反映されるようなやり方でなければ・・・楽しくありません。このようなことを、よく考えるようになりました。

霊感という言葉は、あまり好きではありませんが、「何かわけのわからないものに圧倒されるような演奏、または作品」の根底には、お勉強だけでは得られないものが埋まっていると感じます。そんな演奏や、作品に触れようとして、youtubeなどを聴き漁っております。

最近では、Jazzのマリンバ+ヴィヴラフォン奏者で、これは!と思う方がおられました。Jazz界ではベテランで、有名な方なのでしょう。→大井貴司氏

できることなら実演を聴いてみたいと思っています。





































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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オリオン「ハンター」
以前の記事で、サーリアホさんの「オリオン」について記しました。3曲目の「ハンター」については、後回しにしましたので、再度拝聴してみました。

第一印象--喰うか喰われるか です。

最初の木琴の音列を軸として、同音連打、その他のモティーフ、伸びる音(単に伸ばしているのではなく、印象づけるために、拍で区切って表情づけしているように聴こえる)などを、音群として、音色を巧みに変えて、繰り返していく。

この伸びる音が大切。これは星の呼吸のように感じました。だから、拍で区切って、表情付けしているのでしょうか?

最終には、この星の呼吸は小刻みになり、一本の線になり、途切れてしまいます。(ここで星が死ぬんですね?)

冒頭の木琴の音列は、星の大群のようにも聞こえます。星の大群が手を変え、品を変え、一個の星を襲うというように、聞こえました。

古典の時代には、調性を変えることにより、曲の色付けを変えていたことを、音色の変化により、表現しているのではないかと思います。このような曲はたくさんありますが、よく理解できる曲は少ないように感じます。

サーリアホさんの曲は、言葉がなくても、音そのものにセリフがあるような印象を受け、訴えかけてくるものが、強い・・・直球勝負って感じです。言葉のない、オペラのように感じます。

人によっては、全く違う風景にみるでしょう。私は上のようなイメージでとらえました。他の曲も聴いてるのですが、ここのところの酷暑で、パソコンの熱にやられて、なかなか集中して聴いたり、書いたりすることができませんでした。

しかし、立秋も過ぎましたので、短文にはなると思いますが、書いていきたいと思います。

私の作曲(オーフィアスバリエーション)のほうは、ようやくこれで筆をもってもいいかと、確信がもてるところまできました。とはいいましても、この曲の1/3くらいまでですが・・・ (現代的作品ではありませんが、サーリアホさんの影響は大いに受けています。)

他には、古典対位法を再度勉強し直そうと思っています。一般の対位法だけでは不十分だと以前から思い、数年前に始めようとしたところ・・・雑事と生活に追われて、なかなか落ち着いて本を広げることができませんでした。ようやく、時間がとれるようになってきましたので、こちらについても、書いていきたいと思います。


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「オリオン」
カイヤ=サーリアホさんの「オリオン」を聴きました。想像していたより、ずっとわかりやすい曲でした。この方の曲は、情景が目に浮かびます。また、根底に、シュタイナー学校で学んだ、何かがあるのかもしれません。

「オリオン」は3曲でできています。1曲めは「メメント モリ」 星々が生まれて、死んでいく情景が目に浮かびました。最終の繰り返しは、星の爆発による死でしょうか?この曲は、子どもさんでも理解できると思います。これを、繊細に、しかも大胆に表現できる精緻な技術と、感覚、そして耳の良さは、やはり凄い才能としか言いようがありません。

特殊奏法が曲にとけ込み、意味深いです。特殊奏法=自然として、私は受け止めました。

2曲目、「ウインター スカイ」こちらにも感激いたしました。流れ星が冬の夜空を流れていきます。そして、寒い寒い夜を、音色と空間の広がりで表現しているように思いました。冷気までも、音楽で表現されているなんて、素晴らしいとしか言いようがありません。

3曲目も聴きましたが、どう書いていいのか・・・今は書けませんので、後日書きます。

ところで、次の日に、バッハのブランデンブルグコンチェルトの5番を聴きました。この曲にはみるべきものはないと言う方もいます・・しかし、サーリアホさんの曲を聴いてからというもの、バッハも彼女に影響を与えているのではないか?と感じました。全く曲調は違いますが、根底にあるもの、またバッハなど、西洋クラシック音楽から得たものが、彼女の奥底にあると確信いたしました。

サーリアホさんの作品は歴史の流れにのっていると感じ、バッハにも聞き惚れてしまいました。

これから具体的に書き進めていく、「オーフィアス組曲」にも、大きな影響が及びそうです。数年前に書いた部分、「津波」も手直しする必要が出てきました。(この作品のはじまりは、猫の一家が、津波から逃げるところから始まるのですが・・ご夫婦は流されて、子猫だけが助かります。)

それから・・サーリアホ作品の指揮、エッシェンバッハさん。この方、ピアニストでしたが、元々は指揮者になるつもりだったとか?私はあまりよく聴いたことがなかったのですが、縁あって、秋にピアノを、生で拝聴させていただくことになりました。楽しみです。







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言葉ではとても素晴らしくても
リフォームは予定どおり終了し、片付けも大部分終わり、やっと腰をおちつけたところです。しばらく音楽の話題から
離れていましたが・・・書かなくてはいられないことがありました。

リフォーム中、暇つぶしにみていたサイトがありました。そのサイトの主はよくはわかりませんが、おそらく学部はよそで、大学院だけは、芸大。何がご専門かはわかりませんが、推測したところサウンドデザインを手がけていらっしゃる。プログラマー的なこともやっている・・・録音もやっていそうだ・・・作曲も編曲もやっている。

とサイトの様子からはマルチに活躍している方で、あちこちから仕事の依頼もあり、すごい人だと伝わってくるものを感じたのは、私だけではないと思います。CDも出されているようで、試聴してみました。クラシックの編曲もので、古典をサウンドデザインした????ような感じでした。

打ち込みがかしゃかしゃと鳴っている音楽と思ってもらえればいいです。一曲試聴、二曲目試聴、同じような曲調が続きます。次にワーグナーがあったので、聴いてみました。わかりません・・・わたしにはどこがワーグナーで、どこがバルトークなのか・・????理解不能な音楽でした。

同じような曲調が20個くらいあり、それらが一枚のCDに収まっています。人生初の、わからない音楽でした。

普通は、ダメならダメ、良いなら良いと、判断をつけられるのですが、この方の音楽は判断をつけられません。無理に判断したら、どちらかといえば、「CDは欲しくない」ということでした。

しかし・・・この方、頭が良い人とみえて、音楽で語ることより、文章で語ることには向いておられるようです。すごく説得力があって、わかりやすい。音楽を作り、文章の説明をつけて聴かせるという新種の方法なのかもしれません。

音楽と他の分野との一体化を狙っているのかもしれないと思いました。私も同じことを狙っていますが、手法が違いすぎてわかりませんでした。

作っている人は楽しいでしょうが、聴かされる者にとっては全く楽しくない音楽が目白押しです。今までにない新しい音楽だそうですが、これがアートというものなのでしょうか?二度と聴きたくないものを作って、次世代にどうやってつなげられるのか、疑問に感じています。

駄作だから聴きたくないというのなら、わかりやすいのですが、駄作と言いきれる要素がありません。考えてみると、駄作と言い切れることは発展の余地があるのかもしれないと感じました。

書いていて自分もよくわからなくなってきましたが、悪いところがある曲は、伸びる可能性大であること。悪いところがある、才能がないと指摘されること=聴き込まれているからです。批判される部分以外に良いところがたくさんあるからだと思います。スタンスをかえれば、悪い曲→良い曲に化ける可能性もあります。

時代、国、その他さまざまな要因で・・・

そーいうところが感じられない曲を作っている人が、アートを語ることができるものかとも思うのです。ちょっと見たところかっこいいより、泥臭くてもかっこわるくても本音で語ることが大切なのではないかと思いました。

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ユジャ=ワンのピアノ
今日の深夜、偶然耳にしたのですが、ユジャ=ワンのピアノ、曲によってはなかなかいいですね。彼女、私の中ではあまり聴きたくない部類の人だったのですが、プロコフィエフを聴いて、考えが変わりました。

プロコフィエフのピアノコンチェルト3番 お客さんが1楽章を終わったところで拍手しています。その日のお客さんがたが、曲をよくご存知なくて、終わりだと思ってしまったこともあるのでしょうが、演奏がすばらしかったせいもあると思いますよ。

彼女は鋼鉄のような演奏する人ですね。指をながーくのばして、和音をつかんでます。

以前は、中国雑戯団のような演奏だと思ってました。バッハやベートーベン、ショパンなどもこの人のタッチでは聴きたくありません。でも、すべての作曲家の演奏を得意とするわけではなくていいと思いました。この人、まだ若いし、年をくったときに、また別の面も出てくる。

ユジャ=ワンのおかげで、オーフィアスのキャラクターの曲にイマジネーションを得ました。

今、すすめている津波の曲、何度も何度も書き直ししたあげく、いよいよゴールに近づいてきました。昨年一年休んだことで、勘が鈍ったのか、最近ひいた風邪が原因なのか??・・無理して書いて、変なものをでっちあげても、つまらないだけ。

勘が鈍ったのなら、取り戻すまでやらなければと思いました。技術的なことは、離れると衰えるものです。そういう意味でも、自主的に作品を作ったことは、良かったと思いました。人から依頼を受けて書く場合は、技術より、聞き映えでしたので・・・あれを続けていたら、今よりだめになっていたでしょうね。

ところで・・・新垣さんの曲「Harikomi」もちらりと聴きましたよ。最初、学生バンドがやってると思いましたが、どうも違うみたいですね。もしかして、曲が難しかったか、曲があがってくるのが遅くて、練習できなかったのか?とも感じました。

弦楽器はときどき聴こえましたが、クラシックならお上手なんでしょうけど、それ以外のジャンルに関してあまり詳しくない?そういう印象でした。別になくてもいいんじゃない?という感じで印象薄いです。

曲については、途中の「なんとか音頭」みたいな部分が、良かったです。自然体で書いていらっしゃいますね。聴いている人間にも、わかりやすく、これが新垣さんのルーツなんだなぁと思えました。リズムが入ってる部分やメロディは、人の借り物一直線で、自分の中でこなれていない。

確かに、依頼を受けて、何々風というので、そのままもってこなければいけない場合もあるけど、せっかくの大舞台なんだから、もう少しご自身の色を出されてもよかったのでは?と思いました。

それはともかくとしても、今後もがんばって作曲活動を続けることを、お祈りしております。

ユジャ=ワン プロコフィエフ ピアノコンチェルト3番


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