制作日記~Kaoru Mizuki

2017 09
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生きるための意味づけは必要がない
今、音楽をつけている作品(はじめての自主制作作品ですが)は、台本と音楽とも私が書いております。

テーマは「生きるために意味づけは必要がない」ということです。先日もチベットの鳥葬をみておりまして、この方たちの根底にある奥深さを感じました。鳥葬とは、鳥に死体を食わせるのです。遺体は単なる箱であり、魂は天に昇っていくという思想ですね。youtubeに映像が残っておりましたが、今は映像をアップすることは禁止ですので、貴重なものでした。

生きとしいけるものは、平等なのです。自然の摂理にしたがって生きている。頑張って生きても、目的をもっていきたとしても、最後には無になるということ。なんのために生きるのか?ではなく、自然のままに生きる・・・

私、鳥葬をみていまして清々しいものを感じました。

オーフィアス組曲は2010年あたりから台本を書き始め、2013年に思想の勉強をしてから、大幅に書き直しました。書き直してからは、テーマも「生きるための意味づけは必要がない」に変化しました。

あのときから4年ほど経て、世の中の流れも変わってきましたね。特に、お隣の北朝鮮の件もありまして・・もし有事になったとしたら、今までの価値観はごろっと変容するのではないかと思っております。まさに、「生きるための意味づけは必要がない」 と思う方も増えてくるでしょう。

有事になったとしたら、死を意識することになろうかと思います。何も役立たない・・・と身をもって体験することになりましょう。そうならないことを祈るばかりですが・・・

私は狙って作ったわけではありませんが、世の中の流れがそうなってきてまして、驚いております。また2013年に、強くすすめられて勉強した西洋思想に関しても、必要であったと確信する時期が刻々と近づいてきていると思っています。

何事も必要であるから起きるのだと感じる今日この頃、直感を大切にして生きるべきと思っております。で、音楽に関しても、カチカチではなく、鷹揚な態度が必要と感じました。まだ具体的には音にしておらず、これから書いていくのですが、聴いて苦痛を感じる音ならば、書かない方がマシ。

テーマをわかってもらえるような音作りをすべきという結論に達しました。そういうこともあり、やっと音符を書き始めることにしました。自由度大きく、直感を頼りにします。

本日は午前中、とっても不快な音楽を聴きまして、絶対にこーいう音楽だけは書かないぞと、肝に命じました。現代音楽のようです。相撲がテーマになっているようでしたが・・・相容れないものを感じました。加えて体調を崩すほど疲れました。

こちらの耳が悪いのかもしれません。しかし一聴衆としては、古典のほうがいいのではないかと思った次第です。古典とは、日本音楽の古典です。私は日本音楽なんてよく勉強しておりませんので、細部まではわかりませんけれど、長唄などをきいていまして、古典の曲が優れていることは感覚的に理解できます。

なんでもいいから破壊することは、人の神経を逆なでしますね。私は古典を基盤とし、人が聴いて理解できる音楽、加えて気持ちのよい音楽でやります。たとえ古くさくても、オーソドックスなものを中心としたいです。

で・・・共感をもってもらえる方だけに鑑賞してもらえれば、十分だと、本日は思いました。
 オーフィアス組曲 コメント(0)
演奏と楽曲分析との兼ね合い
あちこち拝見していましたら、音大生はあまりにも曲のこと、を知らなさすぎるからして、せっせと楽曲分析のお勉強をいたしましょう的なblogがありました。今の私は、現代の音大生とお話しする機会がありませんので、よくわかりませんが・・おそらくこれは、演奏の方に向けたメッセージでしょうね。

もちろん、お勉強は大切だとは思います。しかし・・演奏することと分析することは別だと、ふと思ったのです。たとえば、分析を強調したような演奏が、楽しいかといえば、そうでもない。分析をしたとしても、自分のものになっていなければ、とってつけたような演奏になってしまうのではないか?

これは創作にも言えることだと思います。人から影響を受けることがなければ、良き方向には進んでいきません。しかし、自分の中でこなせなければ、(別の言葉でいえば、自分に忠実に作る)曲が流れていきません。

演奏、創作共に、自分の思いや感覚に忠実に!ということが最も難しいのです。お勉強を超えてやっていくことの大変さ、難しさをよく知っているだけに、分析を分析だけで終わらせるようなことはしないほうがいいなぁと思うのです。


私は音楽は遊びであると思っています。楽曲分析のレッスンを手がけるにしても、この音形があって、意味を次につなげていく的なことが必要かどうか?悩むところです。もちろん、本当にわからない人には、このようなやり方も必要ですが・・・

いつもいつも、このようなやり方では、実際の演奏には役立たないと思うのです。分析をし、気づきを得て、すぐに演奏に反映されるようなやり方でなければ・・・楽しくありません。このようなことを、よく考えるようになりました。

霊感という言葉は、あまり好きではありませんが、「何かわけのわからないものに圧倒されるような演奏、または作品」の根底には、お勉強だけでは得られないものが埋まっていると感じます。そんな演奏や、作品に触れようとして、youtubeなどを聴き漁っております。

最近では、Jazzのマリンバ+ヴィヴラフォン奏者で、これは!と思う方がおられました。Jazz界ではベテランで、有名な方なのでしょう。→大井貴司氏

できることなら実演を聴いてみたいと思っています。





































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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環境を整える
環境を整えています。ようやく昨日は、カーテンを注文に行ってきました。ブラインドからカーテンに変えたほうが、環境面で手間がかからないと考えました。ブラインドは掃除に手間がかかりますし、洗えません。カーテンを今のうちにつけるのは、初めてですので、多少は新鮮な気持ちになっています。

エアコンも10月に付け替えます。今はエアコンは使用しておりません。うちは高台にあり、隣が公園ですので、よほど気温が高くならない限り、扇風機だけで十分です。ただ、雨が降ったり、窓を開けられない時に困るので、付け替えることにしました。

お昼くらいまでは、扇風機なしでも良い時もあります。猫は涼しいところにくるといいますが、その通りです。ほぼ毎日午後になるとやってきては、家で昼寝をしている猫がいます。野良猫ですが、ベランダに私が近づいて行っても逃げないほど、寝入っています。(今もベランダで寝ています。)

都内はここのところ気温が低いので、朝になると寒いと感じるときもあるくらいです。立秋という季節を如実に感じます。

他には、コンピュータの件。コンピュータではなく、padを買うことにしました。今後演奏をすることを考えると、13インチくらいの画面で見られればいいかと思ったのです。譜面の手書き入力ならば、ワコムのintuosをつなぐこともできるのですが・・・正面の画面をみて、手元をみるのは慣れるまで大変だと思いました。

ちなみに、ソフトはnotion6です。6のバージョンから、手書き入力がコンピュータでもできるようになりました。以前にも試すつもりで、カワイのタッチノーテーションを落としましたが、私はめんどくさくて使えなかったです。五線紙に鉛筆で書くように、書いていきたかったのですが、そういうわけにはいかないんですね。

ipad proにして、notionを使い、外でも暇な時間にある程度まで入力しておいて、コンピュータで最終確認するのも良いと思った次第です。加えて、スタジオ1だったか?、音楽ソフトを拡張して、特殊な音も使えるようにしようと企んでおります。今は、音を出すことを、第一の目的にしていますので、みなさんが使っておられるフィナーレなどは、私には必要ないことに気づきました。

notionも相当なレベルまで譜面を作っていけますが、できないこともあります。それはそれ、鉛筆の譜面で何も不自由ありません。

ipad proとmacbook proを同期させるアプリも使用予定。

重量、使い勝手、何が必要かと考えると、今はコンピュータよりpad。そして多重録音のできるPCMレコーダーであることに気づきました。

ごちゃごちゃと考え、毎日ネットで調べて、このような結論に達しました。

ところで、オペラの話。バラの騎士の公演が冬に行われます。どうしようか悩みましたが、中止。それはある先生が、オペラ鑑賞にいって、いやな思いをしたことを書いておられたからです。それは私も同様に感じます。最近の音楽会は、以前には来なかったような層が多いように思います。

マナーにはそれほど拘るわけではない私でも、指定席で聴きづらい思いをして、数時間我慢をするには、年をくったせいで、体力を消耗することになりかねないと思います。自由席ならあちこちに移動できますが・・・

おそらくですが・・・チケットを出演者がもたされて、いろんな人に買ってもらい、全く音楽には興味のない方々も動員されているのではないかとも感じます。そういう方々が多いと、集中できなくなり、高いお金を払って聴きにいく価値がなくなると思いました。

悩んだのですが、DVDで勉強することにしました。>クライバー氏の名演。これなら、何度もみられます。youtubeにもありましたが、音が小さいところもあり、購入することにしました。

でも・・・オペラなぞは、DVDでも十分じゃないかとも思ってます。安い席でよくみえないより、家でくつろぎながら鑑賞するほうがいいのではないかとも感じるようになりました。これも年のせいでしょうか?

ごちゃごちゃと考え抜くのが癖になってしまいました。




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オリオン「ハンター」
以前の記事で、サーリアホさんの「オリオン」について記しました。3曲目の「ハンター」については、後回しにしましたので、再度拝聴してみました。

第一印象--喰うか喰われるか です。

最初の木琴の音列を軸として、同音連打、その他のモティーフ、伸びる音(単に伸ばしているのではなく、印象づけるために、拍で区切って表情づけしているように聴こえる)などを、音群として、音色を巧みに変えて、繰り返していく。

この伸びる音が大切。これは星の呼吸のように感じました。だから、拍で区切って、表情付けしているのでしょうか?

最終には、この星の呼吸は小刻みになり、一本の線になり、途切れてしまいます。(ここで星が死ぬんですね?)

冒頭の木琴の音列は、星の大群のようにも聞こえます。星の大群が手を変え、品を変え、一個の星を襲うというように、聞こえました。

古典の時代には、調性を変えることにより、曲の色付けを変えていたことを、音色の変化により、表現しているのではないかと思います。このような曲はたくさんありますが、よく理解できる曲は少ないように感じます。

サーリアホさんの曲は、言葉がなくても、音そのものにセリフがあるような印象を受け、訴えかけてくるものが、強い・・・直球勝負って感じです。言葉のない、オペラのように感じます。

人によっては、全く違う風景にみるでしょう。私は上のようなイメージでとらえました。他の曲も聴いてるのですが、ここのところの酷暑で、パソコンの熱にやられて、なかなか集中して聴いたり、書いたりすることができませんでした。

しかし、立秋も過ぎましたので、短文にはなると思いますが、書いていきたいと思います。

私の作曲(オーフィアスバリエーション)のほうは、ようやくこれで筆をもってもいいかと、確信がもてるところまできました。とはいいましても、この曲の1/3くらいまでですが・・・ (現代的作品ではありませんが、サーリアホさんの影響は大いに受けています。)

他には、古典対位法を再度勉強し直そうと思っています。一般の対位法だけでは不十分だと以前から思い、数年前に始めようとしたところ・・・雑事と生活に追われて、なかなか落ち着いて本を広げることができませんでした。ようやく、時間がとれるようになってきましたので、こちらについても、書いていきたいと思います。


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エマールの演奏会
2017年はピアニストのエマール氏が来日されます。メシアンの演奏ではおなじみの方です。私も、彼のCDを一枚もっております。人間シーケンサーともいえるほどの精緻な演奏です。

今年は12/6にオペラシティで、メシアンの「24のまなざし」全曲の演奏会です。非常に期待しております。このチケットは最近手に入れたのですが、一般的にはあまりなじみのない曲目であるせいか、チケットが余っておりました。

私は空いていたほうがゆったりできていいなぁと思うので、いいのですけれどね・・・

数年前とは違い、ようやく演奏会に足を運んだり、お勉強する暇もでてきました。数年前は、何をやるにも暇がなかったです。そんな中で、曲を書くことは難しいものがありましたが・・・今は依頼された仕事を片付けながらも、オーフィアスのヴィジョンを組み立てております。

成長したのか、年をくったのかわかりませんが・・以前のままであれば、駄作であっただろうと思います。リテイクして良かったと思っています。このことからも、時が最も大切と実感しております。いつでもできるわけではない、各々に用意された時があり、その時をつかみ、行動することによって、道が開けるのではないか?と考えるようになりました。

また、数年前時間がなさすぎて焦っていたころ、気づかなかったことも見えてきました。今は「なぜあのときこんなに簡単なことに気づかなかったのだろう!」と自分に対して呆れています。

引き出しをふやす事って大切です。多くの材料をみて自分なりに解釈し、必要なエッセンスを受け取り、自分の創作に生かしていく・・・このような作業は「個人の(自分の)統計学」に近いものなのだそうです。要するに、引き出しをふやして、過去の経験を通して(手法を使って)組み立てていく作業です。

以前は雑務に追われすぎて、「引き出しをふやす作業」を怠っていたため、堂々巡りに陥っていたと感じました。引き出しを増やせなければ、自分の中だけで解決しようと思い、堂々巡りになるのです。

加えて、環境の整備に入りました。7月から考えていたことを実行にうつしている最中です。どういうわけか、このように考えると、電気製品が壊れたりします。すでに、扇風機、炊飯器が壊れて、リニューアルしました。パソコンも新しいのに代え、ブラインド→カーテンに、エアコンの取り替えなど、お金が出ていきます。

環境を整備したほうが、効率的であると考えましたので、年貢の納め時と意識して、実行中です。









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