制作日記~Kaoru Mizuki

2018 04
03 ← 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 → 05
〜続トロイメライ〜
前回の記事の続きです。譜面がありませんでしたので、理解不能の方もおられたことでしょう。

ある方が、この曲はC-Fで統一されていると分析されておりました。それはそれで正しいと思いますが、狭いみかたであると感じます。

アウフタクトのCからFに歌いかけられ、低音域のFから1度の和声へとつながります。このこだまのような響が全体を統一しているのではないでしょうか?

2barsでは、右手の1拍目裏から2拍目面に、Fの音が連なる。これも重要な要素です。この要素が3barsでは左手につなげられます。→C-Cの八分音符 しかも右手の高い音域では、gabd fgacと同じモチーフが連なる。(言い換えているのですね?)

上記の動機をシンプルに広げてゆき、現実と幻想の世界を行きつ戻りつするのです。

中間部分、譜面データの1:11秒くらいから模倣されている音型は、天から降りてきたはしごのような印象もうけます。夢の世界で遊びながら、現実の世界に戻されそうになる・・・

確かにC-Fがあちこちにでてきていますが、それだけで分析を終えていいものでしょうか?響きや音価、曲調にまで触れることが絶対に必要なのだと思いますよ!

youtubeにホロビッツの演奏がアップされていました。私の感覚と合う演奏だったので貼り付けておきます。
ついでに、譜面もどうぞ。

↓ ↓譜面データ 全く曲調を無視した音楽なので、音符だけひろってみてください



↓ ↓ホロビッツ 「トロイメライ」







 楽曲分析と演奏 コメント(0)
ひらめきと直感
ひらめきと直感とは、全く違うことを表していると知りました。最近亡くなられたホーキンス氏、京大の山中先生などの記事を見ていたところ、ひらめきと直感によって偉業を成し遂げたと、書かれていました。

調べましたところ、ひらめき=顕在意識、直感=潜在意識であるそうです。顕在意識とは目に見えたこと、潜在意識とは目に見えない部分(普段は意識していない)を表しています。

たとえば、1 3 □ 7 9と数が並んでいて、□に入るのは何?という質問があった場合、5という答えが導きだされます。理由は「奇数が順番に並んでいる」からです。このように理屈で説明がつくことを顕在意識とよびます。学習していれば、判断ができることでもあります。

一方、潜在意識とは自分でも説明がつかないけれど、なんとなく浮かび上がってくる事実を指します。この無意識の領域を活性化するためには、長年にわたる修練が必要になるようです。そうでなければ、優れた直感力を発揮することはできない。

将棋、囲碁、スポーツ、科学、そして音楽においても、直感力を鍛えることが最も大切であると思います。前回の記事に記しました、楽曲分析においても、同様です。分析の方法をみて、その方がどんな曲を書いているか、予測できるのではないかと考えております。

外側と内側からのアプローチが組み合わさって、はじめて、曲がわかると言えるのでしょう。そこまで到達するには、
「体験の積み重ね」が必要です。ものの本を読んだだけでは、わかったことにはなりません・・・体験の積み重ねによって、内側が開かれ、他者のことが(音楽ならば曲や演奏)本当の意味で理解できるようになるのでしょう。

前回の記事。トロイメライの分析をされていましたので、読んでみましたが・・・確かにC-Fの組み合わせが中心となっています。しかし、低音域では、F-Cという音の組みあわせが、こだまのように響きます。この組みあわせの上で、メロディが展開されていきます。

頭でFの音が2オクターブ下で重なり、次の和声ではC&Fが1オクターブ下で響く。

C-F F-Cの暗示が、中間部分では別のメロディとなって姿を変え、幻想の世界に奥深く誘い込むように、発展させていく部分もあります。譜例をはっておりませんので、理解し難いものがあるでしょうが・・・

独自の分析をすることができれば、自然と面白い創作ができたり、演奏も変化してくるのではないかと睨んでおります。
音楽だけではなく、考え方も変化していくのではないでしょうか?

次回からは、譜例入りで分析してみます。




 楽曲分析と演奏 コメント(0)
他者の楽曲分析
少し前からアマゾンで知った作曲家のblogをみています。blogのテーマは、クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり-バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、演奏法までも分かる というもの。

数年前に、blogの書籍化が行われたようですね。アマゾンでは、多くの方が感想を書いておられました。私も、blogに伺って、全てではないですが読んでみました。

分析については、私とはみる観点が違いました。わかりやすくいえば、前回に記した、カルロスクライバー 氏とは全く逆であると感じました。わからない方は、クライバー氏の演奏(特におすすめするならば、トリスタンとイゾルデ それから ブラームスのシンフォニーの4番 ですね。他にもたくさん良い演奏を残しています。)を聴いてみてください。

他に、全く逆の指揮者で、わかりやすい方。ベニズエラのドゥダメル氏をあげておきます。

ときどき思うことがあります。たとえば、シューマンのトロイメライ。シューマンはモティーフを埋め込むように、作曲したのか?ということです。バッハを研究し尽くして、ああでもないこうでもないと、操作していったのでしょうか?

ワーグナーのトリスタン。どこかで読んだことがあるのですが、ワーグナーは理屈で書いたものではないそうです。
あの半音階的進行や、エンハーモニック転調は、ワーグナーの心の奥底からわきあがってきたのものだと思います。

私は、(私だけかもしれませんが...)良い曲というのは、理屈ばかりで書けるものではないと思っています!技術や理屈も必要ですけれど、それが表に出てくるようでは、未熟なのではないか?と思うのです。

演奏と創作とは違います。何も知らなくても、良い演奏をする人はたくさんいます。ピアニストのアルゲリッチなぞは、転調なんか全くわからないと、いうことでした。(私は好きな演奏家ではありませんけれど、多くの人の心を揺らせているという点で、名演奏家だと思います。)

きっと生まれつきの何かがあるのでしょうね?

あまりにアカデミックすぎても、人の心に響かないんです。→クライバー 氏がリハーサルの時に似たようなことを語っておられました。

私も同様の意見ですので、冒頭の作曲家の方とは相容れない部分はあると思います。しかし、この方の良いところは、主張を曲げず、堂々と意見を書いておられるところです。誰がなんと言おうと、自分を信じて発信しておられるところです。加えて、素晴らしい演奏家に、自作を演奏してもらっているところですね。

「演奏させてください」と頼まれたとしても、ご自身の感覚や完成度に合わない人ならば、お断りになるような方ではないか?と推測いたしました。

そういう意味で、非常に刺激を受けました。自分の作品は自分の思うレベルの演奏家、もしくは全て自分で責任をとらなければ、良いものはできてこないと強く思いました。

このことに気づかせていただけて、良かったと思いました。
 楽曲分析と演奏 コメント(0)
カルロス=クライバーの演奏
私がまだ若かりし頃、ミラノ・スカラ座の引越し公演がございました。この公演で、ムーティ氏クライバー氏が指揮をされました。拝聴させていただいて、西洋クラシック愛好家としての血が騒いだことを覚えています。

あのときは、ベルディのレクイエムも文化会館で拝聴した覚えがございます。本日、その数十年前のプログラムをみておりましたら、上記のお二方のお若い姿が写っておりました。

スカラ座公演の折、クライバー氏のレコード、「オテロ」を買い求めており、いまだにあのときのレコードは棚に眠っております。今は、プレーヤーがないので、聴くことができませんが、そのうちプレーヤーを買い求めることになるでしょう。

というのは、youtubeでクライバー氏のリハーサルを納めた映像を発見し、その流れで、トリスタンとイゾルデを拝聴したためです。前奏曲を聴いただけですが、今までのどの演奏より、深いものを感じました。アートというのは、ありふれたゴミのような出来事を、夢幻の世界まで引き上げることなんだと、強く感じさせられました。

クライバー氏はこの曲が好きだったのでしょう。加えて、文学性といいましょうか、音と文学とをつなぎあわせた解釈をしておられたようにも感じます。

リハーサルも大変興味深かったです。彼がいかに、譜面にこだわり、細かな表現を求めていたか、よくわかりました。
本番では無造作に踊るように、振っておられますが・・・


ウィーンフィルの新春コンサートも大変ユニークなものでした。春の歌、非常に個性的でしたし、楽しく聴かせていただきました。シュトラウスの「こうもり」、味付けの仕方が細かいです。

本日、トリスタンとイゾルデのCDを購入。頭の中をこの曲が駆け巡って、落ち着かないので、購入した次第です。

息抜きは空白の時間か、シュトラウスか?(新春コンサート)ということになっています。人間、変われば変わるものです。自分の心が乱されるジャンルからは、ずっと足が遠のいていくでしょう。今後はますます、芸術的なものを極め、堪能できるだけの教養を身に付けたいと思っています。

古典に戻っていくでしょうね。最近の日本では、古典なぞ全く役立たないと書いている方もいますけれど・・・音楽以外の分野でも先鋭的な仕事をしている方は、古典を研究されています。日本は金が儲かるのが良いというスタンスで、古典を捨て去ろうと思っている方々が多いようですね?そういう考え方である限り、学問や芸術は育たないでしょう。











 ピアノ以外のジャンル コメント(0)
笛〜続き〜
オーフィアスは自分の作品ですから、人の意向はあまり入れたくないんですね。ちょっとした思いつきで作っているわけではありませんのでね・・・

前回の記事で笛のことに触れましたが、この世のものとは思えない音色?・・・たとえばフルートであっても特殊な奏法を使って面白い音を出せるならいいけどと考えています。

実際の音だけで無理なら、ノイズをいれるなり色々と作業する方向へと考えています。

ところで・・・・
最近は何かあったとしても、自分の考えを貫き通すことができるようになりました。以前は、人に引きずられていたと思います。これから先も、このようにやっていきたいと思います。他人は多少、歯ごたえができてきたと思うかも。

なんて書くと大げさですが・・・自分の音は、自分で責任を持ちたいということですね。

それはともかくとして・・・別の話。
デュオの曲、どんどん進めています。過去に作り込んだ曲をデュオにアレンジしているため、いつものように長丁場にはなりえないです。雑用が終わったら、オーフィアスバリエーション中の曲(Var.4)と同時進行します。

それから・・世間に公表していくのに、コツコツと配信や、未開拓の方法に力を入れます。今までのように会社にお願いするのではなく、個人商店のような形をとる夢を描いております。

最近よく八王子に行くのですが、自分の理想とする形の、シフォンケーキ専門店があるのです。こじんまりとしていて、地味で目立ちませんのに、味のみで固定客を惹きつけております。こういう形をとれればいいなぁと思うようになりました。

一つの目標ができたわけです。今年はビジネスの道筋?この作品を使ってどうやって現実に根をおろすか、決める年になると思っています。




 オーフィアス組曲 コメント(0)